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第156話(sideゼオ)✽

とは言え結婚をしたら対等な立場だ。 例え相手が格上だろうが、やることに文句をつける権利はないと思う。 そう言うとシャルはクスリと笑い、どこか幸せそうに語った。 「俺も仕事第一の社畜だったが……大事な人ができたら、迷うものだ。仕事だからどうしようもなくても、頼みごとをすぐに切って捨てられない。できるだけ聞いてあげたいし、できるだけ言って欲しい」 「喧嘩になるなら本末転倒だと思いますが。根本的な折り合いがつかないなら、時間が無駄ですね」 「ふふふ、好きな人との時間に無駄なことなんかないぞ?それに言い合えるのは楽しいんだ、遠慮がないようで嬉しい」 ──嬉しい、と言いながら見せた、柔らかな陽の光よりも優しく、安穏とした笑み。 春の日差しですら眩しく億劫なゼオにとって、それはあまりにも慈愛に溢れた笑顔だった。 聞く所によると、シャルの妻は嫉妬深く独占欲が強い。きっとそれだけ愛しているから、シャルを誰にも取られたくないのだろう。 そう言う心が繊細で愛に臆病な人には、明るい笑顔や底抜けの晴天にすら目を痛め、傷ついてしまう。馬鹿げているがそう言う心は事実そこらたしにある。 夜闇でないと丸裸になれない。 多分、そんな心にはこの笑みが、手放し難く優しいのだ。 ゼオはふむと納得し、相変わらず内心の読まれない無表情で頷く。 「そう感じるのは、シャルだからでしょうね」 「あはは。かもしれないが、きっと恋をしたらわかる」 さっぱり共感しないゼオにも、シャルは怒ったりしなかった。 まあ……わからないが、悪くはないと思う。 たった一人を愛する、そういう事は嫌いじゃないのだ。 自分にはないからこそ、憧れてすらいる。 執着しない性格でも唯一無二の諦められない愛には魅力を感じた。もしも自分がそれを見つけたら、どんな手を使ってでも手に入れる。それほど賞賛に値する感情。 だからずっと恩人だけを思い、それを手にしたらしい魔王のことを、きちんと尊敬し認め仕えているのだ。芯がある者は、強い。強い者は好きだ。 〝キチンと仕事を熟す  面倒な事を言わない  軽薄でない〟 たまたま出会ったのだが──シャルはゼオの好ましい人物像を見事網羅していた。 「ん、始まるぞ」 「ここの奇術は一般参加も込でなかなか愉快なので、期待しても良いですよ」 「それは楽しみだ」 開幕を告げる司会の言葉が聞こえて、二人は前を向き、舞台に集中する。 その名前が魔王の妃の名前と同じことに気がついていたが……ゼオはお妃様は人間ですしこんな所にいるわけないですから、と可能性を思考の外へ追い出した。

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