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第161話

レンガ造りの二階建てで、その更に上の屋上が眺めのいい穴場の席らしい食事処。 一階が落ち着いたバーで、雰囲気がよかった。 魔族の街は種族差でサイズが異なるので、全体的に天井が高く扉が大きい。 二階建ての屋上といえど、落ちたらただじゃすまないような高さがある。 それなのに。 ゼオは何も言わずに背中からコウモリのような大きな翼を広げ、俺の手首を掴んだまま屋上へ飛び上がったのだ。 ……ガド以来の驚きだった。 上下の動きで酔い易い俺に、優しくない移動方法だぞ。 ヘロヘロと席についた時、屋上から外向きに立てられた看板に〝空からのご来店歓迎、お席に座ってお待ちください〟と書いてあるのが見えた。 「ひ、一言ぐらい言ってほしい……」 「なぜ?屋上まで階段で行くよりずっと楽だったと思いますが」 ドキドキする心臓を落ち着かせつつ提案してみると、ゼオは文句を言われた意味がわからなさそうにする。 わかりにくいが、善意だったみたいだ。 ええと、言葉が圧倒的に足りないが……良かれと思ってしてくれたなら、それはいいことだな。 「ありがとう」 「別に」 逸らしもしないで佇むすまし顔の沢尻ゼオ様は、所謂クードラと言うやつなんだろう。 普段クールでデレの所すらドライな人のことをそう言うと、リューオが言っていた。 冷たい物言いも、本人は一切悪気はないと思うが、どうだろう。 本当に俺のことを呆れているのかもしれない。 本の趣味は合うし、なにより城仕えならアゼルの部下なんだ。 俺はできれば仲良くしたい。もちろん無理にとは言わないぞ。 バラララ、とメニューを速読したゼオがどうぞと差し出すのでそれを受取つつ、俺はそんな傲慢なことを考えた。 「すごい、食べ物が綺麗だ。魔界では珍しいな……お城の料理みたいだぞ」 「魔王城は食事にこだわってますからね。チーフシェフ……と言うかリザードマンって味にうるさいんで」 「ラグランさんはそうだな。ゼオはどうだ?」 「俺もどうせ食べるなら美味しいものを食べたいです」 その答えは意外だった。 ゼオのことだから食べれば何でも一緒と言うようなことを言いそうだと思ったのに。 「ちなみに何が一番好きなんだ?」 「は、好物……個人の趣向ですか?種族的にですか?」 「ん?」 俺はメニューからひょこりと顔を出して、ゼオを見つめる。 種族的?ドラゴンが肉好きとか、ワイトが生気好きとか、そういうことか? ゼオはトンと肘をついて、無表情のまま俺を見つめた。それにしても一度も表情が崩れたところを見ていないな。 「あぁ……俺、ハーフヴァンパイアなんで、血が一番好きです」 途端、俺はビクッと肩をはねさせてしまった。 吸血系の魔族さんだったのか……! 続く話によると、ヴァンパイアは定期的に血を飲まないといけないタイプの魔族で、ゼオも飲まなければ凶暴になるらしい。 「シャルは俺好みのいい匂いですよね」 「いや、そ、それは俺自身とはまた違うというかなんというかだな……」 さて。 なぜ俺がこんなに気まずい気持ちなのか、昔聞いた話を思い出して、改めて聞いてほしい。

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