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第162話

昔、俺のお菓子専用厨房を作ってもらうのに手伝ってくれたアゼルの眷族たち。 カプバットと黒人狼という吸血系の魔族だったのだが……俺は三日ほどしか一緒にいないのに、妙に懐かれていた。 アゼルに聞くと、俺は異世界人で血が美味しい以前に誰しもが個々に持つ体臭と言うか、所謂フェロモンが吸血系の好きな匂いみたいだ。 魔力の量でそれは大きくなり、あの頃の魔封じをかけられた状態なら眷族ぐらいの弱い魔族しか気にならない。 魔力に魅了がかかる魔族だからこそ効くようなものらしいが、要は好意の種類は恋愛ではないがモテやすいというわけだな。 で、今は俺の魔力がフル解放なのだ。 ハーフといえど、ヴァンパイアは魔界でそれなりに強い魔族。 ゼオがいい匂いと言ったのは、そのせいだと思う。 ……そんなものにまで効果ありなのか……? 俺は少し複雑な気持ちになってしまった。 ええと、つまり俺は普通に仲良くなれたのかと思ったが、ゼオはいい匂いだからかまってくれたのだろう。 それで俺の下見に付き合ってくれているなら、なんだか罪悪感がすごい。 俺というより匂いの問題だ。それを思うと気まずい。 ゼオはそう思って言い淀んだ俺を、特に気にしたふうもなく見つめる。 そして察した様子でなんでもなく言い放った。 「ああ、魔力の匂いですが……それを覚えていたから声をかけましたが、きっかけですね。別にそれだけで今、会話してるわけではないです。ヴァンパイア、そんなにチョロくないですから」 「!そうか、うん……嬉しい。俺はそれのおかげでなく、ゼオと話がしたかった」 「そうですか。注文決めないなら、一人で話していてください。それから血の好みは、種族問わず未婚の中年女性が好きです。行き遅れてやけ酒翌日の。だからあんたは範疇外」 「く、屈折した趣向だな……」 真剣に悩んでいたのにゼオはサッパリと俺の罪悪感を取り除き、店員さんを呼ぶテーブルのベルをチリチリ鳴らす。 そんなあまりに自然体な彼に慌ててメニューを睨み、注文を決める俺であった。 ♢ しばらく経ってからやってきたランチは、ゼオは大盛りキノコのパスタ、俺は胡桃とサーモンのサンドイッチとマンドラゴラジュースだ。 胡桃と見てつい頼んでしまった。今はアゼルがいないのに、急いでいて無意識に選んだぞ……俺ってやつはなんというか、うん。 まぁでも、アゼルの好物だから、食べておいて損はないだろう? 最終的に一緒にデートをするわけだ。問題はない。 どこにいても欠片を追いかけてしまうので、関係を知っている人と一緒だと少し照れる。 例に出すとガドはニヤニヤするし、ユリスとリューオは呆れる。 俺の嫁が魔王だなんて知らないゼオは、特にリアクションはなく黙々と食事をしていた。が、なんだか食べるのが早くないか? 料理が届いてから五分もかからず、ゼオの皿からキノコのパスタが消え失せてしまった。スマートで長身なのに、なんという早食い。 「食べるの早いな……」 「普段忙しいので」 「あぁ、確かに忙しいと食事が早くなるな」 カチャン、と食器を置いたゼオの言い分に、社畜だった俺は深く頷いてサンドイッチにかぶりつく。 ん、美味い。これはアゼルと絶対に来よう。 柔らかなパンとサーモンの間でクルミがゴロゴロといい食感をだしている。 続いてマンドラゴラジュース。 こ、これは……大根おろしの汁だ……!はちみつとレモンで割れば美味しいんじゃないか? 一足先に食べ終えたゼオはまた変化なく肘をつき、内心で食レポをする俺を眺めるだけの置物になってしまった。 ぐっ、待たせている。急いで食べよう。

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