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後話 まだまだ、受難体質大河勝流

今日、目が覚めておはようの後、午後からアゼルとデートする約束をした。 下見を終わらせたアレの、いよいよ本番に誘ったのだ。 俺は休みを取るのはいつでも良いと言ったが、アゼルがすっかり行く気満々で、嬉し恥ずかしウキウキの俺である。 一日分の休みが取れず、仕事を急いで終わらせるからと意気揚々、スキップしながら玉座の間へ出かけていった。顔は仏頂面だったがな。 ちなみに上機嫌の理由なんだが、実はもう一つある。 今朝昨日のお土産にシャリディアスと言う、まだ蕾だがピンク色の茎の細い大輪の百合のような花を鉢で贈ったのだ。 いつもと違って、あげた瞬間黙り込んだ。 顔を洗ってからそう言えばあのな、と渡したらだ。 俺はいつものように真っ赤になりつつそっぽを向いてゴニョゴニョと感謝を告げだすかもしれないの思ったのに、まさかの沈黙。 そして直後に泣いた。 いや本当に、真顔で泣いた。流石に焦ったぞ。 ツーっと涙が一筋伝っていて、俺はなにか地雷を踏んだのかとオロオロしたが、本人に片手で制されほっと安心する。 アゼルは泣きながら震えて「買ってたのは知ってたけど、名前、俺のため、俺と、シャルの、つまりこれはアレじゃねぇか」とブツブツ呟いていた。 鉢を抱きかかえてしばらく現実に帰ってこなかったな。 結局、アゼルはその鉢を執務室にまで持っていくと言って、抱えて部屋を出たんだ。 睡眠を除けば、この部屋より執務室にいる時間が多いからだろう。 けれど職場にそれなりの大きさの鉢を持ち込むというのは、いかがなものか。 絶対無事に咲かせて見せると意気込んで、宝物庫の宝にかけるような多重結界魔法陣をかけたアゼル。 嬉しげにニヤニヤしていたから、ライゼンさんがまたキャパオーバーでフリーズするかもしれない。 あんなに喜んで貰えると、なんだかほっこりとする。 プレゼントを貢ぎたくなる人の気持ちが大いにわかった。 アゼルを見送った俺は軽やかな足取りで、自分もお菓子作りの為に厨房へ向かった。 それが今朝の話だ。 現在の俺は、魔導研究所じゃないユリスの部屋にて。 なにがどうしたのかわからない、リューオとユリスの仲立ちをしていた。 彫り込みの美しい白のローテーブルに、メイドイン俺のスコーン。 なんちゃってクロテッドクリームとジャム、香りのいいシンプルな紅茶が、カップに三つ。 なんちゃってクロテッドクリーム、冷やした生クリームを瓶に入れて数分振れば、出来上がり。 振りすぎるとバターになるが、振らなすぎるとホイップになるので注意である。 立派なアフタヌーンティーだろう。 魔界でも密かに流行らせつつある、デボンシャーティーだ。 魔族は紅茶好きなので、食堂にスコーンを卸す時は、ジャムとクロテッドクリームをセットに別売りする。 商売上手だろう? まぁ、正確にはセット売りで値段変わらずにしたら、シェフであるリザードマンの集団に厨房の向こうから「テメェは魔界の菓子市場を崩壊させる気か!?」と全員でキレられたので強制的にと言うわけだが、それは秘密だ。 ちなみにデボンシャーティー、又の名をクリームティー。 説明するなら、現代世界でのスコーン、ジャム、クロテッドクリーム、紅茶のティーセットを意味する。 スコーンにクロテッドクリームを塗ってからジャムを塗るか、その逆かは、地域で好みが別れるぞ。 俺はデボンのクロテッドクリーム・オン・ジャムが好きだ。 ……閑話休題。 現実から逃げてなんていない。 ロココ調のインテリアで統一された、お姫様が住んでいそうなユリスの部屋。 そこで俺は肩をすくめ、困り顔で両サイドに目線をやる。 右手にアゼルに向ける以外で見たことがないようなニッコリとした笑顔の、犬耳美少年ユリス。 背後にタスマニアデビルを背負っている。 俺の幻覚だ。 左手にかつてないほど小さくなってプルプル震えている、ヤンキー勇者リューオ。 背後に捨てられた子猫を背負っている。 勿論俺の幻覚だ。 あぁ、そうとも。 修羅場だとも。

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