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第187話✽

だけどふとした瞬間──こうやって共にいることが奇跡的だと思い出して、今に感謝するわけで。 文句を言ってアゼルが口を滑らせると、俺は拗ねる。 そうするとアゼルが謝る。俺は許す。 アゼルが口を滑らせた時、俺は〝同じだけの好意を返してもらえる奇跡〟を実感するのだ。 いくら俺だけが好きだと言っても、アゼルが俺もと返してくれなければ、この日々はないものになる。 出会ってからこれまで積み重ねてきた時間。 それは一人で抱えるにはあまりにも幸福で、重すぎるものだろう? そうして考えると、自然と涙が出そうになる。 俺が涙しそうになると、アゼルは気づく。 不合理な意見交換はここまでにしよう。 二人寄り添って笑う方が、ずっと有意義な意見交換だからと。 慣れてしまうものの大切さ。尊さ。愛しさ。 全部大事だ。忘れちゃいけない。 毎日二人でいて「今日もお前と共に存在することに感動した!」なんてことはなくなっても。 ふとした時に、俺はアゼルを愛おしいと思い、その気持ちに感謝する。 それも大事。たまにでいい。 くだらないけれど大事な真剣勝負をして、勝敗が決したら後先考えないめちゃくちゃなセックスをする。 疲れ果てたら思い出話に花を咲かせて、抱き合いながら共に眠る。 そんな日々は当たり前になっていても、いつだって幸せなことだ。 なにも不幸にならなくたって、今ある幸せに気づくことはできる。アゼルがいれば。 〝恋は、時間をかけると愛になる〟 チープな恋物語にありそうなものだが、俺はそういうのが好きだな。 凝ったセリフは上手く言えない。 ふふふ、試してみようか? 「──月が綺麗ですね」 「?……です……?なんでだ」 うつらうつらと眠気を感じつつも、思い立ってそんな文豪の愛の言葉を吐いてみた。 寝たフリをしていたアゼルが目を開いて、不満げに眉を垂らす。 アゼルは俺が寝るまで大抵起きてるんだ。 夜行性だからだと思っている。 「俺の故郷の、愛の言葉だ」 「ん゛、そ……、わかりにくいだろ、それ」 「うん……控えめな種族だからな……」 過激な誘い文句なんてない、シャイな故郷のシャレた言葉。やっぱり俺には難しい。 けれど月夜の似合う男には、ピッタリの言葉だと思うんだ。月はお前だぞ。 俺は目を閉じて、そっと笑う。 あぁ、夢の世界にダイブしそうだ。俺の居場所は寝心地が良すぎる。 「今日下見に行っただろう……?夜でもいいから、その内お休みを取ってくれたらな……一緒に、デートに行こう」 「明日休む」 微睡みの中に落ちていった俺は、アゼルに返事を返すことができなかったけれど、これも幸福な終日だろう。 甘く幸せな気持ちに包まれて、俺は目まぐるしかった一日を、閉じたのだった。 後話 了

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