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第190話

「…………ハァ」  リューオが出ていって二人きりになると、ユリスは笑顔を一転させ、曇った表情で溜め息を吐いた。 「お茶にしよう。ユリス、ジャムは好きだろう?」 「……うん」  カパッとジャムとクロテッドクリームの瓶を開けてユリスのそばに置く。  乙女心は複雑……にしては、悩みが深そうに思える。  ユリスはいつだってユリスなのに、今は覇気がない。  黙って紅茶を飲む俺を尻目に、ユリスはスコーンにジャムとクリームを塗って、カプリとかじる。 「! まぁまぁだね、悪くないよ。お前はなんでも作れるの?」 「ありがとう。なんでもは作れないが、こっちにきて一年くらい作っているからな……慣れてもくる」 「そんなに経ってたっけ」  ユリスはキョトンとしながらスコーンをもぐもぐと食べ終える。口にあったようで嬉しい。  暗かった表情が、少し明るくなった。よかった。そういう顔は似合わない。  俺はややあってカップを置き、なるべく穏やかにユリスを見つめた。 「リューオが他の人といるのが、嫌だったのか?」  怒っていると思ったのに悲しそうだったから、話を自分からしてくれるまで、聞かないでおいたほうがいいかもしれない。  そう思ったが、ユリスは弱った悩みごとはプライドが邪魔してできないタイプ、というのが俺の見解だ。  大きな目を丸くして、少し瞬かせて俺を見つめ返してくるユリス。  自分でもよくわかってないのかもしれない。  肩をすくめて、口をへの字にする。 「嫌……とかじゃ、ないよ」 「悲しい?」 「あり得ないでしょ」 「イライラする?」 「至極冷静だもん僕は!」 「ん、全部か」 「〜〜〜っ、こういう時ばっかり察しが良くなる。お前のそういうところ、嫌いだっ」 「俺はユリスが好きだぞ」  少し赤くなってツンツンとするユリスが可愛い。  笑みを深めて好きだと言うと、睨まれた。ツンデレなんだ。  微笑む俺に、ユリスは拗ねるのをやめて、気分を落ち着かせる。  しばし逡巡してから、ぽつりぽつりと胸の内を話し始めた。 「……アイツのこと、よくわからない」  ──始めに声をかけてきた時、見た目が好きって言ったんだ。  はぁ? って思ったし、人間に興味もなかったし。それを抜いても好きなタイプじゃなかった。  アイツはうるさいし強引だし、デリカシーないし、しつこい。  隙があれば抱きついたり、キスしたり、押し倒したりしたがるし。  会ったらいっつも「好きだ」とか「愛してる」とか。  アイツ人間でしょ?  人間ってそういうことそんな簡単に言わないんでしょ?  僕は初めから何度も容赦なく断った。  こういうことはさっさと返事をしないと失礼でしょ。  そこに引き伸ばしとかもったいない精神を持ち込んだら、可哀想じゃない。  匂わせるとかじゃなくはっきり言ってるんだからね。……なんなの、その優しい目は。  でもアイツはちっとも諦めないんだ。  本当に人間なの? って感じ。  メンタルゾンビなんじゃない?  そういうことって、そんな毎日馬鹿みたいに軽率に言い続けられる?  よくわかんない。  でもその言葉や態度で〝コイツ僕のこと好きなんだ〟って高を括り、応えてもないのにその好意を〝悪くない〟と思っている自分。  自分が一番よくわかんない。

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