190 / 615
第190話
「…………ハァ」
リューオが出ていって二人きりになると、ユリスは笑顔を一転させ、曇った表情で溜め息を吐いた。
「お茶にしよう。ユリス、ジャムは好きだろう?」
「……うん」
カパッとジャムとクロテッドクリームの瓶を開けてユリスのそばに置く。
乙女心は複雑……にしては、悩みが深そうに思える。
ユリスはいつだってユリスなのに、今は覇気がない。
黙って紅茶を飲む俺を尻目に、ユリスはスコーンにジャムとクリームを塗って、カプリとかじる。
「! まぁまぁだね、悪くないよ。お前はなんでも作れるの?」
「ありがとう。なんでもは作れないが、こっちにきて一年くらい作っているからな……慣れてもくる」
「そんなに経ってたっけ」
ユリスはキョトンとしながらスコーンをもぐもぐと食べ終える。口にあったようで嬉しい。
暗かった表情が、少し明るくなった。よかった。そういう顔は似合わない。
俺はややあってカップを置き、なるべく穏やかにユリスを見つめた。
「リューオが他の人といるのが、嫌だったのか?」
怒っていると思ったのに悲しそうだったから、話を自分からしてくれるまで、聞かないでおいたほうがいいかもしれない。
そう思ったが、ユリスは弱った悩みごとはプライドが邪魔してできないタイプ、というのが俺の見解だ。
大きな目を丸くして、少し瞬かせて俺を見つめ返してくるユリス。
自分でもよくわかってないのかもしれない。
肩をすくめて、口をへの字にする。
「嫌……とかじゃ、ないよ」
「悲しい?」
「あり得ないでしょ」
「イライラする?」
「至極冷静だもん僕は!」
「ん、全部か」
「〜〜〜っ、こういう時ばっかり察しが良くなる。お前のそういうところ、嫌いだっ」
「俺はユリスが好きだぞ」
少し赤くなってツンツンとするユリスが可愛い。
笑みを深めて好きだと言うと、睨まれた。ツンデレなんだ。
微笑む俺に、ユリスは拗ねるのをやめて、気分を落ち着かせる。
しばし逡巡してから、ぽつりぽつりと胸の内を話し始めた。
「……アイツのこと、よくわからない」
──始めに声をかけてきた時、見た目が好きって言ったんだ。
はぁ? って思ったし、人間に興味もなかったし。それを抜いても好きなタイプじゃなかった。
アイツはうるさいし強引だし、デリカシーないし、しつこい。
隙があれば抱きついたり、キスしたり、押し倒したりしたがるし。
会ったらいっつも「好きだ」とか「愛してる」とか。
アイツ人間でしょ?
人間ってそういうことそんな簡単に言わないんでしょ?
僕は初めから何度も容赦なく断った。
こういうことはさっさと返事をしないと失礼でしょ。
そこに引き伸ばしとかもったいない精神を持ち込んだら、可哀想じゃない。
匂わせるとかじゃなくはっきり言ってるんだからね。……なんなの、その優しい目は。
でもアイツはちっとも諦めないんだ。
本当に人間なの? って感じ。
メンタルゾンビなんじゃない?
そういうことって、そんな毎日馬鹿みたいに軽率に言い続けられる?
よくわかんない。
でもその言葉や態度で〝コイツ僕のこと好きなんだ〟って高を括り、応えてもないのにその好意を〝悪くない〟と思っている自分。
自分が一番よくわかんない。
ともだちにシェアしよう!