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第192話(sideユリス)

 ポスン、と頭に手を置かれて、硬い手が優しく僕の頭をなでる。  こういう時、頭がグチャグチャになったら、僕はシャルに会いたくなる。  コイツのそばは心が凪いでいく。  恥ずかしくなるような本心を曝け出したり言葉にすることを、みっともなく思う気持ちが薄れるから。  だからシャルを連れてアイツが来た時、僕は部屋の中に入れたんだ。 「アイツ、悪くないよ。僕がこんなグチャグチャの心が気持ち悪くて、八つ当たりしちゃうから、しばらく会いたくないだけ。僕の物じゃないもの、アイツ」 「ん……そうか」 「ねぇ、アイツ成り行きであぁなったって言ってたよね。それは本当だと思う?」 「嘘かどうかは俺が決めることじゃないが……リューオはその場しのぎの言い訳を、態々部屋を訪ねてまでお前にしない」  穏やかで優しい低めのローテンポな声が、僕を暖めるようになでながら紡がれる。  すると少しずつ気持ちが落ち着いて、焦燥感が薄らいでいく。  僕の魔王様への恋は、冷めた目の彼にこっちを見てほしい、孤高の存在に必死に求められてみたいっていう、下心と憧景の宝石だった。  あれはたしかに恋だった。  けど、もっと楽しいばかりの甘いだけのモノ。  シャルはその時の僕の恋敵だったのに、誠実すぎて、愚直すぎて、一生懸命過ぎて、憎めなかった。  ……羨ましいな。  彼は、透明だ。  誰の色も変えずにそこにある。自分をさらけ出すことも厭わない。  気持ちを砕けば砕いただけ、自分も砕いて返してくれる。  当たり前だと思う?  返ってこないこと、返さないこと、多くない?  僕は返さなかったことも、返ってこないこともあったけど。現に僕はアイツが伝える好意に、わずかも返してない。  だからきっとしばらく共に過ごせば、大多数の人が彼に好感を抱くだろう。そうするとシャルは必ず喜ぶから。  ……こんなふうに、やれないよ。  本心がわからない以上、穿った僕は疑っちゃう。  拒絶されるかもしれない。  素直になんてなれないよ。  ぎゅ、と黙ってシャルに抱きつく。  引き締まった体は硬くて柔らかくはないけれど、暖かくてどっしりとブレない。  シャルは驚いていたけど、静かに僕を抱きしめてくれた。コイツは拒絶しないって、確信できる。  だってそういう男だから。 「アイツがお前ならよかった。わかりやすくてのん気でアホで、僕が尖る暇がないくらいならいいのに」 「アホ……でもそれじゃあきっと、リューオはユリスを好きにはならなかったぞ?」 「なんでよ。僕可愛いよ?」 「中身が俺ならアゼルを選ぶからな」  至って真剣にそんなことを言われて、機嫌を損ねた僕は、胸元にグリグリと強く頭を押し付けてやった。 「そこは〝俺なら不安にさせないよ〟ぐらい言ってよ馬鹿。惚気てる場合? 僕を慰めるのがお前の今の仕事でしょ」 「そうだな……。でも俺はできる限りユリスを不安になんてさせないが、俺が恋をするのはアゼルだ。たぶんそれは変わらないと思うな……」  神妙な顔で重ねられて、本気で考えた結果がそれなのかと呆れた上に笑ってしまう。  背中を擦る手が優しく、抱きしめる腕は力強く安心する。 「お前だから、誰も信じないで頑なに自分を閉ざしていた魔王様でも、上手く誰かと愛し合えているんだろうね」  例え話でも、一途にただ一人だけを愛するなんて。お調子者からすれば、ノリが悪いんだろうけど。  そういう空気を合わせられない愚直な人間。  だからこそ、好きだと言うことに臆病にならずにすむんだ。  好かれていることに驕らず、不安にさせないよう心を逐一口に出し、わがままや文句も受け止めてくれる。  僕や魔王様のような、つい減らず口を叩いてしまう素直になれないタイプには、ピッタリの緩衝材だろう。

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