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序話 狼煙を上げろ
天族。
それは魔界と人間界の間に位置する浮遊する国、天界に住み聖法を扱う存在。
魔族のような同族殺しを良しとせず、守護や癒やしに特化し仲間を守り合う種族。
守り合うため人間よりは少ないが、魔族より数が多い。
だが清らかな反面汚れを嫌い、プライドが高く、天族以外を見下す気位の高い生き物だ。
故に彼らはほとんど地上に降りては来ない。
その希少性から、人間国では神の使いとして魔族と真逆に崇められている。
そして彼らもそう思っていた。
だから悪とされる魔族を、殊更に嫌悪している。
魔物から進化した存在を、野蛮な化け物と侮蔑している。
しかし、その強さは欲しいのだ。
強い駒は欲しい。その駒を扱うための魔力スポット──魔王城も欲しい。
魔族は自分が認める強い存在にはひれ伏し、どう扱われても自分の意志で納得し文句は言わない。
そうして従わせたら、強い魔族は弱い魔族を守る。そういう関係、そういう種族。
認めたならば絶対服従、それが魔族。
では、当然必要なのだ。
誰よりも強い魔族が、駒を扱うコントローラーとして必要なのだ。
魔王が──必要なのだ。
そうやって虎視眈々と魔界を配下にするべく、何百年、何千年と見た目だけの和平の水面下で、天族は息を潜め、隙を見ては牙をむいた。
自室に籠もりきりの怠惰の魔王だと聞けば、暗殺者をけしかけ寝込みを襲い脅迫を試みた。
だが巨大な海亀、アスピドケロンである怠惰の魔王は殻に籠もればそれを秘密裏に打ち壊せず、失敗に終わった。
争いが大好きな暴虐の魔王だと聞けば、人間の国々を唆して連合軍を結成させ数で押し潰そうと戦争を仕掛けた。
だが燃え盛る炎の竜、ファイアードレイクである暴虐の魔王は狂ったように笑いながら楽しそうに燃やし尽くし、失敗に終わった。
冷酷無慈悲な奇胎の魔王だと聞けば、遜って従順なフリをして内側から壊そうとたくさんの天族を派遣した。
だが真血の純血統ヴァンパイアである奇胎の魔王は、一滴も血が残っていない干からびた天族達のミイラを無表情のまま会合で晒し、失敗に終わった。
合理的で優れた為政者である優政の魔王だと聞けば、後に天族に都合が良くなるよう組み込んだ同盟書をさも魔族に有利に見えるよう、罠を仕掛けて提案した。
だが真偽を見抜くサトリである優政の魔王は、ただの一度も書類に目を通さずその後の天魔会合に訪れることもなく、失敗に終わった。
その後も、何度も、何度も、隙を見ては牙をむいたが、全てが失敗に終わった。
そして今代の魔王。
嘆きの魔王、アゼリディアス・ナイルゴウン。
彼にも、天族は一度牙をむいていた。
理不尽な目に逢おうが、軽視する仲間に罵倒されようが、怒らず、悲しまず、笑わない。歴代一温厚だと言われている。
だが口数も少なく、出自が不明で謎が多い。
気まぐれに城や魔導具を破壊したり、声をかけた部下をひと睨みして冷たく当たるらしい。
そしていつも酷く億劫そうに王座に座り、恐怖を齎す目を閉じる。まるで失望したように。
故に彼は、嘆きの魔王。
だが嘆きの魔王への試みも早々に失敗に終わり、天族は今代もままならないかと歯噛みした。
そんな時だ。
嘆きの魔王が結婚したと聞いたのは。
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