230 / 615

九皿目 エゴイズム幸福論(sideアゼル)

 天族と魔族の定期会合、略して天魔会合。  魔界の中の人間国に近い場所に建てられた、一際背の高い塔の最上階で行われる、ただの相互の現状報告会だ。  俺にとっては興味のない天界の話なんてどうでもよく、敵意を向けているのはわかってるので信用も全くしていない。  その後の食事会なんて、児戯もいいとこなくだらない仕事である。 「…………」  俺の目の前には、派手好きで高慢ちきな天族が用意した無駄に豪勢な食事。  それには指一本触れず、俺はつまらないと言うのを隠しもしないで顔に貼り付けて席に座っている。  魔族は腹が満ちればそれでイイ。  なのでそれほど料理にこだわる者が居らず、こうも贅を尽くした食事は、少しも俺を魅了しない。  そんなことより早く帰って、今日のシャルのお菓子でティータイムをしたい。  心底そう思うから余計につまらない表情になる。  そして機嫌が悪くなってしまう。  ここ二ヶ月、俺には成さねばならない日課があるのだ。  執務室でシャルに貰った花を愛でながら、いつ咲くのかと不快じゃないそわつきを胸に、シャルのお菓子でティータイムを楽しむこと。  これをするとしないじゃあ、ちっとも満足度が違う。機嫌も違う。  調べたところによると、あの花は冬の間に蕾をどんどん大きくして、春に大輪の花を咲かせるのだという。  なので蕾で茎が折れないよう、気にかけてやらないと駄目なのだ。  それを思うとオチオチ会合にも出てられない。  あぁ、本当に早く帰りたい。  アイツは──俺の妃であるシャルは、今なにをしているのだろう。  今日も可愛かった。  行ってらっしゃいのキスは相変わらず愛してると甘く囁いていた。俺の嫁は最高だ。 「ナイルゴウン、どうだ。今日の食事は特に出来がいいぞ。気位の高い貴様に合わせて高価な食材をふんだんに使ったのだ、一口ぐらい食べてみるがいい」  俺がシャルを想っていると、両端が無駄に遠い楕円形の大きなテーブルの向こう側から、急に鼻の高そうな声が聞こえた。  すっかり存在を忘れていた。  というか、認識したくない。  興味もなければどうでもいい存在だったから。  俺はちらりとその声の主を見る。  サラサラと絹糸のような銀髪を肩まで伸ばした、涼し気な蒼い目元の美しい男。  背中から生える大きな翼は二対。  それは上位の天族である証。  天王の息子、王位継承権第一位で世襲制の天界においての次期天王。  誘惑の天使──ソリュシャン・アン・メンリヴァー。  女の様に繊細な男だ。  見た目も、中身も。  魔境育ちで一人で生きていた粗野で凶暴な俺には手に余る、真逆の血統書付き温室育ち。  腕によりをかけさせたと言うメンリヴァーは毒なんて入っていないと誘うように、ソースの薫る柔らかなステーキをひと切れ食べてみせた。  だが僅かも唆られず、目を細める。  天界を離れられない天王の代わりに、ずっと会合で顔を合わせるのがメンリヴァーだ。  コイツとはもう何度もテーブルを囲んでいるが、俺がこの手を動かすことはない。  俺は気を許した者とでなければ、食事をしない。食事をするというのは無防備な状態だ。  特に過去に酷く嘲笑されたメンリヴァーとなんて、俺はソースの一滴すら口にすることは決してない。 「いらねぇ。どうでもいいから、とっととその自慢の料理を平らげろ」 「ッ」  簡潔に要件だけ告げると、メンリヴァーはカァッと一瞬怒りに赤くなり目端を吊り上げた。

ともだちにシェアしよう!