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第231話(sideアゼル)

 俺の対応に対し向こうの宰相が俺に睨みをきかせるが、捨ておいた。  温厚な俺は、外交にヒビを入れるような残虐なことはしない。優しいシャルの、優しい魔王だからだ。  まったく、俺で良かったな?  水面下で睨み合うような国の王にそんな態度を取るなんて、天界は部下のレベルもその程度なんだろう。 「メンリヴァー様、大変失礼致しました。ですが、我が王のことはどうかお気になさらずにお願い致します」  それに対して俺の横に立つ魔界の宰相様の穏やかな微笑みは、完璧である。  たとえ地獄の獄炎魔と称されるほど燃え盛る怒りを内に飼おうとも、それを僅かも悟らせない。  コイツはいつも俺を一番に考えてくれている。  俺はライゼンを疑わない。そういう関係だ。  メンリヴァーとライゼンは印象は違えど同じような女顔の美人だが、俺はライゼンのほうがとびきり美しいと思う。  誘惑の天使であるメンリヴァーは自己愛が激しく、俺が以前そう言うと、捲し立てるように長ったらしい罵倒を貰った。  本当に面倒臭い男だ。  閑話休題。  にしても俺は会合で食事をしないと知っていて、なにを今更そんなことをいいだすのか。  こんな無意味な食事会のせいで、俺はいつも城に帰ってから昼食を取り直すため、二度手間なのだ。  そういう理由と、城から離れるとシャルから遠くなるのが嫌で不機嫌な俺に、ライゼンは苦笑いする。 「食べなさすぎるのも体によくないので、少しくらい頂いてもよいのでは? ……と言ってもその目を見ると、嫌なのですね……」 「よくわかってるじゃねぇか」 「それじゃあ、シャルさんから預かったクッキーをつまんでおいてください。シャルさんの作ったもので、私と食事をするなら、大丈夫でしょう?」 「……本当によくわかってるじゃねぇかクソ……」  召喚魔法で取り出したクッキーを、茶目っ気混じりの言葉で差し出すライゼン。  途端に俺がそわそわとそれを受け取るものだから、笑われてしまった。  シャルがよくライゼンを俺のお母さんと言うが、親のいない俺にとっては、あながち間違いでもないのかもしれない。  ありのまま生きると決めてからは、ついわがままを言ってしまう。信頼している。  袋を開けてシャルのクッキーを口にすると、にまっと笑いそうになってそれを我慢する変な顔になった。  シャルの菓子はうまい。  甘くて優しくて素朴で、まるでアイツのような幸せの味がする。 「お前も一つ食うか?」 「それはもちろん、いただきます」  愛を感じた俺は気持ち心が広くなったので、シャルがおやつ用に持たせてくれたというクッキーを分けることにした。  シャルの手作りという至宝を一つ差し出すと、ライゼンはクスクスと笑って受け取る。  俺を嫌う奴らが作ったものではなく、俺を愛する最愛の人の作ったもの。  それを俺が信頼する人と食べるのであれば、俺は別にいくらでも楽しく食事をするのだ。  そんな光景を目の当たりにしたメンリヴァーは、黙りこくって震えながら俺達を睨みつけていたが、一縷の興味も持っていない俺がそれに気が付くことはなかった。

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