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第246話(sideアゼル)

 俺は初めてアイツを見た時、興味がなかったし、懐かしさもなにもわかなかった。  いつも俺を煩わせる人間がなぜ城にいるのか。  そしてなぜライゼンが泣き出しそうな様子でまずはじめにアイツのところへ連れてきたのか。  そんな理解ができない存在で、むしろ警戒していた。  のんきそうな顔で扉を開けたくせに、苦しそうなライゼンと無表情で警戒する俺を見て、すぐに部屋に招き入れて鍵をかける。  アイツは俺を見て、ライゼンを見て、なんとなくなにかを察したようだったが……俺はちっとも心が動かず、早く執務へ戻りたくて煩わしかった。 『私は今から、貴方にとても残酷な話をします。そして私は、貴方に謝らなければなりません……』  そう言ってライゼンが話し始め、俺に教えた話からここまでを全て語る頃には、アイツは血の気のない白い顔をしていた。  俺はきっと、コイツはなにかしらで俺と関わりのあった人間なのだろうと思ったのだ。  俺がコイツにとって忘れては困ることを、全て忘れているんだろうと思った。  少しだけ気の毒な気がした。  もしそれが大事なことなら、余程ショックだろうな、と。  なのに。  アイツは自分の頬をキツく叩いて、すぐに顔を上げて「どうにかなる、大丈夫」なんて楽観的なことを言って笑いながら自己紹介なんてしてきたのだ。  なるほど。  泣くこともなく大きな悲しみもなく、然程と問題がある関係じゃなかったらしい。  俺にとっては知らない人間とはいえ、目の前で泣かれるよりずっとよかった。  だがアイツは俺の魔眼の能力を知らないのか、じっと迂闊に目を見つめてきた。  俺が昂ぶって睨み付ければ多かれ少なかれ恐怖に駆られると言うのに。  俺はあまりに真っ直ぐに見つめてくるものだから、怖くなって目を逸らした。  見透かしたような目が、怖いんだ。  吐き出した言葉が酷いもので、取り繕うことも失敗した俺は人間を突き放したのに、そいつは離れていかなかった。  そんなの、胸が痛くて……どういう理屈で逃げ出さないのか、分からないだろ?  そうするとライゼンがとんでもないことを言い出して、この迂闊な男が俺の妃だと訴えた。  馬鹿にしているのかと思った。  感情表現が幼児並みで恋愛以前に友人すらいない俺が、結婚は愚か誰かを愛せるわけもないだろう。  それも数だけが多く、少し大きな魔法を使ってしまえば数えられないくらい死んでしまう人間の同性となんて、お遊びみたいな人選だ。  だけどそれは本当だという。  俺の指には、お揃いの結婚指輪まではまっていた。  言われるまではまっていることに気づかなかったくらい、俺の体にはしっくりとしていたのだ。  アイツは俺に、ライゼンが捨てるなと言った記憶を、知っている限り全部教えてくれた。  はっきりした口調で複雑な心情なんかを挟まずに、出来事だけを簡潔にゆっくりと語ってくれたので、理解しやすかった。  だがその話では、俺は俺だとにわかに信じがたい様子で、情けなくて頭を抱えた。  恩人に出会ってこのままひとりぼっちで逃げ出すくらいならと奮い立ったのはわかる。  客観的には理解できる。  わからないのはコイツと出会ってから結婚するまでの行動が、馬鹿らしくて理解したくない。  捕まえるために半殺しにする、それはイイ。  監禁して魔力を封じて戦闘力を奪う。理にかなっている。  それがどうして逃げる疑惑が出ただけで、逃さないと食い散らかしたんだ?  恩人じゃなかったのかよ。  好きに生きさせてやればいいじゃねえか。  自分が勘違いして襲ったくせに泣きながらすがりつくなんて、いったい俺はいくつなんだ。  百八十かそこらだろ? そんなに余裕のねえ男じゃないはずだ。今の俺ならどうともしねえ。  まず、俺は、〝弱い自分〟という感情を押し殺すのは、それなりに得意だと自負している。  それが抑えられないくらいに心乱されるような、執着したものなんてない。  それが視察にまで連れて行って?  誘拐されてるのを助けて?  男の恩人の誘いに乗って抱いて?  告白まで相手にされて、自分はそれまで全く恋愛感情を自覚してなかっただと?  挙げ句の果てには人違い。  じゃあ速攻リリースすればいいものを、半日かけて追ってまた泣きついたのか。とんでもなく無様じゃねえか。  プロポーズまでもがうっかりだ。  しかも告白もさせたのにプロポーズも相手にさせて、自分は返事を噛んだ。アホか。  俺はそんな経緯で、なんでコイツが俺を好きになったのかわからなかった。  そして俺がそこまでなりふり構わず、コイツを欲していたのもわからなかった。  ここまで妃になった出来事を全部聞いたのに、俺はどっちも全く理解できない。  名残すら自分の中に芽生えない。  それはつまり、俺は抱いたことのない恋愛なんて複雑な感情に覚えがないということ。  今の俺はコイツを──自分の妃を、そういう意味で愛していないということだった。

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