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第262話

 惨めに泣いてすがりつきたいのにその先がなくて、一人頭を抱えて震え続ける。  そうだ。本当はずっと哀れな嘘つきだった。  だけど、そんな弱い俺じゃあ、お前のそばにいられないだろう?  俺はお前のそばにいたいから、大丈夫。  全然平気だ。ちっとも痛くない。ちっとも寂しくない。ちっとも泣きたくない。  だってお前のそばにいたいんだから。  安心して笑っていてくれ。  笑って笑って、お前が幸せになるように、本当に心から願っている。  俺は強いから、一人でも大丈夫なんだ。  大丈夫。 「ほん、ほんとうだぞ、頑張るから、も、もっとちゃんと笑うから、嫌わないで、大丈夫だから、大丈夫、大丈夫、俺は大丈夫だ、」  嗚咽を殺せる俺は、か細い声で自分に言い聞かせる。  だって、俺が〝大丈夫だ〟って言ったら、みんな笑ってくれるじゃないか。  だから大丈夫。  大丈夫、大丈夫。  大切な人たちが笑っているなら、それでいいだろう。  みんなが安心して笑えるように、俺も心底笑わなければならない。  でもな、なぜか、効かないんだよ。  自分に大丈夫が、効かないんだ。  誰か、教えてくれないか。  俺が笑顔になれる〝大丈夫〟は、どこにあるんだ? 『俺の生涯で愛する人は、お前ただ一人だけだ』 「あ……アゼ、ル……アゼル、アゼル、う、うぅう、ぅ、ぅ」  頭が割れそうだ。  どうしよう、前が見えない。  そうか、あぁ、もう、限界か。  どこにもないんだな。  俺の大丈夫は。  ありのままの俺を知っているのはもう、俺だけだから、だから少しだけ。  少しだけ、我侭を言っても、お前は許してくれるだろうか。  ──笑え。 「笑えない……」  ──前を向け。 「なにも見えない……」  ──頑張れよ。 「死んでしまいそうだ……」  アゼル、アゼル。  俺はちっとも大丈夫じゃないんだ。  助けてくれ。寂しい、寂しいアゼル。寂しいよ、寂しい。お前の中に俺がいない。  こんな自分が恐ろしいんだ。  お前に嫌われた俺は、惨めで情けなくて弱くて、こんなにも愚かだ。  だから早く抱きしめて、嘘だって言ってくれ。  今までのことは全部嘘だって、本当は俺を忘れるなんてありはしないって。  でないと俺は痛いんだ。  胸が抉られてもうなくなってしまったみたいに、スカスカで寒いんだ。 「寒、い……、一人で愛し続けるには、あまりに温かすぎる場所だった、から、」  どうしてアゼルの記憶を奪ったんだ。  どうして俺との記憶を選んだんだ。  悪戯に奪ってしまっただけならば、どうして俺の記憶も奪ってくれなかったのだろう。  俺だけが、ひとりぼっちで記憶の檻に囚われている。  俺だけが、お前に愛された幸せを手放せない。  もう諦めたとお前以外を愛することも、もう一度愛されようと切り替えることも、本当はまるでできないんだ。  前に進むことができなくて、突然消えてしまったお前が後ろから追いついてくるのを、ずっとしゃがみ込んで待っている。  ──酷いじゃないか、こんなの酷すぎる。  お前が俺を愛したから。  俺にあんな気持ちを教えたから。  俺はもうそれなしじゃいられないんだぞ?  なのにどうして譲ったんだ? どうして平気でいられる、馬鹿アゼル。  なくなっても幸福ならば、どうして俺を愛した。  お前が思うより、俺はずいぶん寂しい男だったんだぞ。  酷いアゼルだ。  なんて酷いアゼルなんだ。  だけど、もう、構わない。  忘れようか、忘れよう。俺もどうにか、忘れる努力をすると誓うから。 「だから、たった一度……名前を呼んで……愛していると、抱きしめてくれ……それ以外はもういいから、そうしたら全部許すから……いいだろう? 八つ当たりの我侭くらい、たった一度、俺を錯覚で騙しきってくれ……」  俺は涙を零して、泣き言を漏らした。  誰も見ていない。  誰にも届かない。  そうでなければこんなに惨めな姿で冷えた床に丸くなり、アゼルを恋しがっていなかった。  夜が明けたら、俺はまた笑って頑張るのだ。  大丈夫、まだ耐えられる。  だけど、俺との記憶がないほうが幸せそうなお前を見ながら、俺は愛しい記憶を風化できるのだろうか。  消えたまま進む時を。  俺は俺のまま、ちゃんと笑って耐えられるのだろうか。  もしも耐えられない、その時は。  そうだな……俺が死んでも胸が痛まないお前なら、俺も笑って手を離せる気がする。  元々、俺はこの世界にいらない生き物だったのだから。  なるほど、なるほど。 「笑えるくらい、ハッピーエンドしかないじゃないか」  笑えないのは俺だけだ。

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