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第263話

 ──そうやって、頭を抱えて一人で震えていた時だ。  突然、後ろで閉じたはずの扉が、ガチャリと開いた。  ビク、と身体が震え、身を固くする。  こんなところにこんな時間に訪れる人なんて、いないはずだ。  それに俺の気配は今消えているはず。  俺がスキルを使う前に俺の姿を認識していなければ、ここにいることには気が付かない。  どうしてバレたのか。  ぼやけた頭で思案し、訪れることがありそうな候補を洗い出す。  だけど、ここへ来るまでに誰にも出会わなかった、俺の姿に気がつくとしたら──それは、最後に出会ったアゼルだけだろう。  小さく丸くなったまま、誰かにバレたら困るのにと震えて、呼吸を殺す。  しかし確かに、ほんの少しだけ淡い期待を抱いていた。  もしかしたら、突然奇跡が起きて俺を思い出し、追いかけてきてくれたのかもしれない。  そうでなくとも、僅かでも俺がいなくなって、寂しく思ってくれたのかもしれない。  都合のいいかもしれないを脳裏に描いて息を殺す俺を、グッと肩をつかんで引き寄せる逞しい手。  その持ち主は、思いもよらない人だった。 「──……片方がいないと駄目になるのは、お前も同じだったんだなァ……シャル」 「っ、は…」  床で丸くなっていた俺をあっさりと抱き起こし閉じ込める逞しいこの腕は、今日の夕暮れにも俺を温めた、優しい銀の竜のもの。  傷つけないように優しく気遣うものなのに、求めていた、愛おしいものではない。  その事実に胸が痛くてカタカタと震える俺を、膝をついて後ろから覆いかぶさる彼。  守るように。  包み込むように。  少し痛いくらいの抱擁。  この腕は、ガードヴァイン。  俺が得た魔界で初めての、大切な友人。  ガドは自分の涙で冷たく濡れた俺の頬を、ゆっくりと触れるだけのような柔らかさでなぞる。  とめどなく溢れる涙を、労り、慈しみながら、優しい手つきで拭ってくれた。  俺からガドの表情は見えない。  だが、緩く膝を立てて縮こまる俺の足元へ、それすら包むように、長く靭やかな竜の尾がくるりと巻き付いてそばに寄り添う。  ガド。俺の大切な人の一人だ。  あぁ……彼は俺の最低で惨たらしい脆弱な心を、聞いてしまったのか。  状況を理解した俺は、湿った頬を無理矢理に上げて、へらりと笑って仮面を被る。 「お……俺のスキル、効かなかったか? ごめん、ごめんな。みっともないことを聞かせてしまった。もう大丈夫だから、帰ろう? ガ「しー……」っ……」 「しー……静かに」 「な、なん、」 「シャル、しー、だ。……な?」 「は、ぁ……」  ガドは話を無視して自分の唇に指を立て、後ろから俺を覗き込んで、黙るように促した。  俺は戸惑いながらも、喉の嗚咽を押さえ込んで、笑ったまま困ったように眉を寄せる。  黙った俺に、満足そうに口元を緩めるガド。  ガドはその指をそのまま俺の眉間のシワに触れさせ、そっと解すように何度か擦った。  ……だめじゃないか。  そんなことをされたら、さっきブツけた額が痛くて、また泣いてしまう。 「シャル、あのな、俺はお前が隠れる前に巡回帰りに上から見つけたんだぜ。だからな、ここにいることをわかっていたから、効かなかった。……ごめんなぁ……すぐに、暖めてやれなくて」 「っ……! ぁ、……、ぃ、」  眉間をなぞっていた指は、言葉と共に目尻を拭って頬に手のひらをあてがう。  あぁ……はじめから、聞かれていたのか。  俺は、ガドの大切なアゼルに八つ当たりして、自分本意な泣き言を漏らしていたことを、酷く後悔した。  それと同時に、本当はガドの思うような理不尽に前向きな強い人間じゃないことと、辛くないと嘘をついたことがバレて、情けなくて惨めで。  俺を見ないでくれと、また頭を抱えて小さくなってしまいたかった。

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