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第264話

 叱られるのだと思った。  弱い俺はきっと面倒だろう。  それに俺はガドとの約束を破ってばかりの、駄目な男。  なのにガドは責めることも、馬鹿だと笑うことも、もっとしっかりしろと叱ることも、しなかった。  ただそっとその優しい手のひらで、力加減にとても気を使いながら、涙が止まらない俺の目元覆ってくれる。 「頼れと言っておいて、俺はお前のこと、なンもわかってなかったなァ……そうだよなァ……そんな生き物に育てられたんだもんなァ……」 「ぉ、俺、」 「お前が誰かに頼るぐらい苦しくなったら、その時にはもう壊れてるんだよなァ……」  俺は声を出そうとした。  否定しないとだめだ。そんなことはないと。  そんな殊勝な人間ではなく、ほんの少し愛する人に忘れられただけで、大声を上げて泣きじゃくるような人間なのだと。  だが、自分を貶す声を出すことは、俺の友人は許さない。  静かに、いつもの間延びした穏やかな声で、子供をあやすように語り続ける。 「俺は知っているようで、それをわかったつもりになっていただけだ。酷い友人だぜ、そうだろう? だって本当のお前は、辛いことも悲しいことも全部抱えて、そしていっぱいになったら……静かに音もなく、破裂して消えてしまうような、……臆病で、哀しい生き物だ……」 「っ……ン、ぃ……」 「イヤイヤ、すんなよォ。……でも、そうだよなぁ。それを知っていたのは、魔王だけだった。その魔王が忘れてしまったら、涙を消してくれる腕の中はもう、なくなっちまったんだなァ……」 「……ぃ、や……ちが、う……」 「だからお前は、一人で泣くしか、なかったんだよなぁ……」  隠していた本当の声を聞いたガドが、どうしてか俺じゃなくて自分を責めるから、俺は首を横に振る。  それもそっと止められて、微かに違うと声を出す。  ガドの手のひらがどんどん濡れていくのが申し訳なくて、俺はそれを止めようとするが、蛇口が馬鹿になっているのか言うことを聞かない。  嗚咽も声の震えも止められるのに、ここだけは止められない。  どうしていいか解らずに路頭に迷っている俺を、ガドは目元を押さえて頭を抱き寄せ、もう片腕はしっかりと俺の身体を抱き込んだ。 「いいこ、いいこだぜシャルー。泣ける子、いいこ。俺がな、俺も覚えてやるから、お前が魔王に渡した気持ち、愛した記憶。聞かせてみな、魔王に愛されてどれだけ幸せだったのか」 「っ、ひ、」 「忘れて生きても幸せなんて言う魔王にな、シャルに愛されていたらもっと幸せだったんだって、俺がちゃんと伝えてやる。──言っただろォ? 魔王がお前を捨てたら、俺が拾ってやるって、な?」  ガドは俺が口を挟む暇も、強がる暇も、虚勢も言い訳も聞かないで、俺が悲しいと決めてかかってそんなことを言う。  俺がアゼルに愛されたこと。  アゼルが俺を愛したこと。  そして俺が感じた死んでも手放せない幸福を、俺と一緒に抱えてくれると言う。  この世界には思い出だけしか残せない俺の、一番大切な思い出。 「ぁ……、ぁ、あの、な……」 「うん」  震える唇を開く。  弱ったところを全て見られたクソのような開き直りと、ガドの優しさに漬け込む行為だ。  だけど我慢できない。 「すごく…、嬉しかった話を、聞いて、くれるか…、」  俺は操られるように、アゼルのそばには俺がいて、アゼルのそばで俺が感じたことをガドに渡そうと、語り始めてしまった。

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