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第285話

 止まってしまった心臓に、強力な電気ショックを与えたような覚醒だった。  ビクンッ、と身体が大きく跳ねて反射的に手足を突っ張らせるが、俺の手足は前へ動くことなく、冷たいなにかに阻まれる。  ──なにが……起こったんだ……?  混乱の中で最後の記憶をほじくり返すが、それは自分の鼓動が止まっていくあの記憶。  抗うことのできない、永遠の眠り。 「ゲホッ、ゴホッゴホッ」  肺の中に埃っぽい空気が一気に入り込んできて、俺は思考の途中で激しく咳き込んだ。  息苦しい、胸が痛む。  ぼんやりとした頭が酸素を得て、だんだんとクリアになっていく。  あぁ、なるほど。 「俺は……生きて、いるのか……」 「その通りだ、虫けらよ」  ひとりごとのつぶやきに返事があって、ゆっくりと薄目を開け、顔を上げた。  そこにいたのは、天使だ。  銀色の輝くような髪と澄んだ青の瞳を持つ、名のある芸術家の絵画に描かれるような、神聖で美しい天使。  中性的な面立ちは清らかで、汚れのない素肌は触れてはいけない気さえする。  俺はしばし見惚れて、言葉を失ってしまった。  だが、すぐに落ち着いて目を細める。  記憶の最後にある敵も、同じ天使だ。  あの男も神の使いであるような清涼な空気を持ちながら、アゼルを傷つけることになんの罪悪も抱いていなかった。  天使は、俺にとって憎い相手。  ──つまり、来てしまったのだ。  きっと約束通り、俺が部屋へ帰ってくるのを待っているアゼルを置いて、俺を優しく慰めてくれたガドとの約束も破り。  俺は怒りも、抵抗も、死も、全部無駄にして来てしまったのだ。  天使の国──天界へ。  本当に、二度寝したくなるぐらい嫌な目覚めだな。  死んでも死なせてくれないなんて、俺にまだアイツを傷つける駒になれというのか。  笑いも起きない。  最悪の気分だ。  動かそうとした手足は枷で固定されていた。  俺はほぼ立っているような姿で、X型のなにかに貼り付けられている。  衣服すら取り替えられ、どこにも傷はなく、血の跡もない。  周りを見回すと監獄のような石造りの部屋だった。  窓がないので、時間はわからない。 「死者の棺桶にしては酷い有様だな。俺の質問に答えてくれる気はあるのか?」 「口のきき方がなってないな、貴様は。だが僕は今機嫌がいいのだ。神の使者たる天族の慈悲深さに感謝するがいい」 「…………」 「質問は好きにしろ。どうせ答えは全て貴様を絶望へ陥れ、貴様の未来は変わらんのだからな……」  美しい天使がニヤリと酷薄に口元を歪めるのを見て、俺にはよっぽどこいつのほうが魔王らしいんじゃないか、と思う。  誰かもわからないこの天使が、俺をここに閉じ込めた張本人だろう。  絶望へ陥れるなんて、今更だ。  ここにいる時点で十分絶望している。  できることはもう、約束を破った俺を全員が不義理な男だと見捨て、諦めてくれることを願うばかり。 「人の身でどうやって魔王に取り入ったか知らんが、この僕……次期天王である天界の第一王子、ソリュシャン・アン・メンリヴァーの物を横取りしようなどと、身の程知らずめが」  しかし、忌々しげに吐き出された言葉は、大切な人を傷つけられる怒りを、フツフツと沸き上がらせた。  あんなに感情豊かで不器用な生き物を、心ない無機物のように扱うなんて。  彼は俺にとって、死んでも揺るぎない愛を向ける相手だ。侮辱されるのは我慢ならない。

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