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第306話(sideアゼル)
破壊された、というかしたせいで天井のない上空へ、シャルを抱き抱えて駆け上がった。
二人きりで浮かぶ空は、俺達の騒動なんてへでもないように太陽は燦々と輝き、青くどこまでも澄んでいる。
今日はとびきり綺麗な晴天。
世界の誰も邪魔しない上空では、俺とシャルだけが断絶されたみたいで、ずっとこのままでもいいのにと思った。
けれどぎゅう、と首にしがみつくシャルはだんまりだ。
疲労が限界なのかと思い、ライゼンのところへ向かおうとした。
だがシャルは大丈夫だと言う。
「……、お前のほうが俺を好きだな」
耳元でボソリと呟かれた言葉は、つい先ほどのやり取りの敗北宣言だった。
俺は驚いて、どうしてだと尋ねる。
「お前を傷つけられた怒りをこらえるのが、俺は難しい。アゼルは俺が限界だと気がついたから、こうして我慢している。それのほうが、困難だ」
「ふっ、馬鹿だな……お前は逆ならそうしてるだろ。自分を知らなすぎるぜ」
「俺はそんな……」
「なんだよ、俺が信用ならないのか?」
「ん……自分が信用ならないな。俺は、お前に愛されるに足る人間だろうか。本当は狭量なやつだとバレて……もう、嫌われたくないな……」
「……この世で一番無駄な心配だ」
体を擦り寄せるシャルは、俺の気持ちを敏感に受け取った。
俺が殺意を我慢するのはとても大変だということをわかっていて、それに愛を感じて、反面嫌われたことを思い出している。
忘れた俺があんなことを言ってしまったのがどういう心理状態だったか、シャルは知らない。
愚かで臆病な俺の言葉を、そりゃあ心底だとは思ってなくても、多少は事実嫌われたのだと受け取っている。
胸に突き刺さったトゲがジクジクと痛み続けていたのだろう。
「ふふふ。俺は、絶対に俺を嫌わないお前に嫌われると、堪えるんだ。……ちょっと、怖い」
「…………」
ゆるりとなんでもないように笑って言われた言葉は、シャルが今弱りきっていることを、如実に伝えた。
元々、こいつは俺が言い合いがヒートアップして嫌いだと言ってしまうと、泣きそうになって拗ねるやつだ。
冗談でもなんでも、絶対に言われたくない。嫌われたくない。
ズキズキと胸が痛む。
ゆっくりと深呼吸をして、真剣に「シャル、」と名前を呼んだ。
「何度でも、結婚式をしてやろうか? そうだ、毎日誓いの言葉を考えよう。お前が毎日自分を好きになれるように、そうしようか?」
「そっ、それは、大丈夫、」
「じゃあなにが欲しいんだ」
「うっ……」
なんでもやるよ、という気持ちを込めて、そう聞いた。お前を泣かせたぶん笑わせられるように、俺は喜んで是非にとなんでもするぜ。
肌寒く風の強い空で立ち尽くす。
ややあって、シャルはそっと顔を上げ、俺を見つめた。
「……き、……キ、スんぅ……っ」
控えめに求められた途端、俺は言い終わる前に唇を塞ぐ。
言われなくても、毎日してる。
これからもずっと、毎日しよう。
「ン、ふ、」
「はっ……」
この数日間一度もしていなかったのでつい乱暴に貪りそうになったが、どうにか我慢しつつ頭を押さえて、なるべく優しくキスをした。
シャルが、好きだ。
俺はこいつを愛してる。
こんな薄い粘膜をほんの少しの範囲重ね合わせるだけで、なにもかもが満たされる。
奇跡みたいだ。どうしてこれが不幸なのか、理解できない。
だって俺は、シャルを愛していない全ての生き物は不幸だと言い切れるくらい、今が幸せだ。
お前は幸福の源。
俺の幸福は、お前から生まれてくるんだぜ。
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