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第305話(sideアゼル)✽
「な、なんでだい!? 人質が帰ってきたって、君は私を殺さないと気が済まないタイプだろう? ほら! まだ生きてる」
「は? 自分にそれほど、価値があると思っているのか?」
「うん?」
きょとん、と首をかしげられる。
もちろん今すぐ殺したい。許せない。
俺に殺されたいだけの天王にはシャルを傷つける気がなくても、天使は一匹残らず殺したい。
こいつに傷を付けるものなんて、一匹も許せないのは当たり前だ。
俺の心はシャルが独占していて、他へやれる部分は狭い。
でも、しない。
「大丈夫」
「っ……」
俺の腕の中で、いまだ険しい表情のシャルを見る。
泣いて目が腫れて、土埃や血で全身が汚れていた。
無傷でも匂いでわかる、この血はシャルの血。
なら傷はなくとも疲労も馬鹿にならないはずだ。
人間はこんなことできない。普通はつつかれたら死んじまう。人間だからな。
「俺はこいつを傷つける奴は絶対に許さない。が、こいつが傷ついているなら、癒すことを優先する。──俺の最優先は、シャルが俺のそばで幸せであることだ」
「っ、」
「ふむ……なるほど」
特に今は……俺がたくさん、傷つけたんだ。俺が泣かせた。
傷だらけのシャルを抱えて殺し合いだなんて、それじゃあ天王と一緒じゃねえか。
大事にするのはそうじゃないんだろう? ちゃんと知っている。
シャルを愛することで、俺はどんどん大切なことを知っていった。
もう悲しいのはいやだと思っている愛する人を無視して、自分の殺意を優先なんてこと、シャルならしない。
シャルは自分が思っているより、ずっとずっと強い男だ。
人間は種族的に弱く、リューオのように特別な勇者でもない自分を理解し毎日鍛錬している。そういう精神が強い男だ。
でも、頑張る理由が俺を傷つけないためだから……その俺に傷つけられると、驚くほど弱ってしまう。
今回のことで俺はそれが身に染みてわかった。
思い返すだけで、初めからずっとこいつは、崩れ落ちそうな自分を叱咤して無理をしていた。
ならはやく帰って癒すべきだ。
俺にはまだまだ言いたいこともやるべきことも、たくさんある。
俺が今することは殺し合いじゃない。
大事なものを見失ってはいけない。
誰よりも、怖いくらいそれを知っている。
「安心しろ。帰る前にここら一体を荒地に整えて帰ってやる。俺の優秀な部下達が雑魚を全部引き受けてくれているから、魔力に余裕があるからな」
「あぁ。それはほぼ無傷に自動回復される時点で、余力あるなってわかっていたけどね。荒地にするのは控えてほしいな。君のところと違って、こっちは誰の責任だなんだって後でゴッタゴタするんだからね」
「そうか、百発は打てるぞ。よかったな?」
「あはははははっ、それ一発私に当ててくれたまえよ」
天王は無邪気に笑って、自分に治癒をかけて傷を癒した。
笑って殺せと本気で言う。
気持ち悪い、狂っている。ああ、不快だ。殺してぇ。
だが、それとは別にシャルを癒して報復しなおすまでも放置できないほど、憎悪を感じて胸糞悪いものもある。
「手土産に、メンリヴァーとその部下を貰う。それだけは譲らない。絶対に、許さない」
「うん? いいよ。あの子達、バカだから。私は君を怒らせたかっただけで壊したかったわけじゃないのに、うっかり人質を壊すなんてさ……あわやだったからね。やりすぎるし、勝手に地下に閉じ込めるし。それにね、計画すぐ失敗するんだ。あんなのが次期天王じゃ、もう今すぐ天族は滅びたほうがいいよ?」
──違うな、私の手足にならないものはいらないかな。
そう言って天王は子供のようにふてくされる。
実の息子とその部下を敵に差し出すこいつは、正真正銘の悪童だ。
だがコレより、メンリヴァー達は簡単に殺してやれないぐらいの、屑だっただけ。
どっちも救えない。
「どうでもいいがな」
俺はずっと俺達の間に口を挟まないよう黙っているシャルを抱き直して、ふわりと飛翔し、瓦礫の上に立つ天王のもとへ降り立つ。
「俺の知り合いの勇者曰く、人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死ぬらしい」
「あはは、馬に蹴られても死なないよ。他種族は柔らかいからね」
笑って手を振る天王の顔面に、無表情の俺は足を踏み出して飛び上がりながら蹴りを入れた。
ドガァッッ!!
「ッ!?」
「お前は、俺に蹴られて死ね」
そう吐き捨ててトンッ、トンッ、と空を駆ける。
天王は自分に強固な防御を掛けていたから頭が破裂することはなかったが、鼻血を出しながらにやけていた。気持ち悪い。死ね。
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