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第304話(sideアゼル)

「随分待ったよ? もういいだろう」  ワクワクそわそわ。  そんな効果音が聞こえてきそうな態度だ。  シャルは先程までの甘い表情を一転。戦闘に向けて気を引き締め、いつでも打って出る気なのが伝わってくる。  こういう、俺がいるのに当然自分も戦うという姿勢をするのも、好きだ。  剣を取り出したら奪うがな。  俺達の視線の先にいるのは、三対の純白の翼と息子のメンリヴァーと同じ銀色の髪と青い瞳を持つ、壮年の王。    狂奔の天使──天王グウェンドルグ・アン・メンリヴァー。  戦場にいて俺にだいぶボロボロにされたくせに、穏やかな佇まいと話口調を崩さない。  コイツは、イカレた王だからだ。  俺はこれまで、天界の王に会ったことはなかった。  どのようにして政治を行い、家臣にどう思われているのかも知らない。  でもある程度情報は集まる。  その中でこの天王は、天使であるのに同じ天使を笑って殺す王なのだ。  そしてその行為を、さも当然だと受け入れさせることができる。  自分の目的を、配下にも伝染させる。  ──狂奔。  目的に向かって狂ったように奔走する。  僅かでもその目的に共感したら、配下を望み通りに駆り立てる能力。  そんな天使が王になったのだ。  天界はこの男の手足同然。  今回の騒動……俺の記憶を奪いシャルを攫ったのは、天王の差し金だった。  方法やシャルの扱いについては、メンリヴァーが全て仕切っていたみたいだがな。  ただ記憶を奪い、攫い、俺を傀儡にする、という仕組みはこいつの発案。  理由はたった一つ。  魔界が欲しいくせに戦闘を回避したがる天使に嫌気がさしたから、焚きつけておびき出し、自分が魔王と殺し合いをしたかったのだ。  そういう奴はいるんだよ。  イカレた奴なら理由はなんでも起こりうる。意外な程簡単に突然降って沸くんだ。  記憶を失ってもシャルを連れ戻すと決心した俺は、天界での戦闘、対天使に強い人選でここへやってきた。  そして威嚇しながら嘘の理由で玉座の間にたどり着き、魔界で研究していた神遺物を証拠として、記憶の返還を求めた。  拒めば戦闘開始、不審な動きをしたら戦闘開始。  ガドとライゼンにはそう伝えてある。  そして不意に──記憶が戻された。  誰にか? それは知らない。  だってみんな殺したからな。  俺の手元に、あいつがいない。  記憶とともにそれを改めて実感すると、頭から血の気が失せた。  びっくりするほど冷静に、謝りたい、謝りたいから、あいつに会うにはみんな邪魔だなと思った。  天王に斬りかかったのは、シャルに会うために邪魔だったから。  シャルの居場所を吐かせようと戦っていた。  でなければ、俺は怒るより先にあいつを迎えに行っていたに決まっている。  そんな時だ。  囚われているはずの最愛の人が──自分から、俺の腕に飛び込んできたのは。  今、これよりも大切なものはないだろ?  俺がかかってくるのを今か今かと待ち望んでいる天王を見下ろして、俺は抑揚のない冷たい声で告げた。 「人質の居場所はもう知ってる。ここだ。お前を相手にする理由がない。死にたければ勝手に死ね」 「えぇっ」  そう言うと、天王は子供のように驚いて立ち上がる。  シャルは戦闘の理由を察して、俺を心配そうに見た。  安心させるために背中をトンとさする。  大丈夫。お前が胸を痛めることは、もうないぜ。

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