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第307話(sideアゼル)
「クックック、やァいバカップル」
「っ、ん、んん……っ! ぷはっ」
「んむ、」
そうしてせっかく幸せに浸っていたのに、突然邪魔をする声が聞こえて、シャルが返事をしようと俺の胸を控えめにペシペシと叩いた。
仕方なく唇を離す。
邪魔したやつは、銀の竜。
上空の敵はとっくに殲滅して誰もいない空中で、竜人化したまま翼だけを出して近寄ってきた男は、今回の立役者だ。
「ガドっ、怪我はないか……!?」
「ないない。かすり傷オンリーだぜェ」
でも魔力すっからかん、とにんまり笑ったガドは、嬉しそうにシャルごと俺たちを抱きしめた。
その体温はずっと空にいたからだろう、少し冷たい。
なのにひどく暖かくて、……悪くはない。
「よかった……。無理はするな。ずっと、痛まないでくれ……」
シャルが腕を伸ばして、俺とガドの首をそっと抱き寄せる。
瞳を閉じて、俺達の体温を噛み締めるように、愛おしむように抱く。
ガドが機嫌よく尾を振った。
「お前が魔王に愛されたから、俺はここにいる。ここに至るまでのプロセスは、お前がお前だから築きあがったものだ。忘れても消えない、俺達が証明。わかったな?」
間延びしない、言い聞かせるような断言する言葉。
「ああ、自信を持つ。俺は、とても……愛されている」
シャルの、甘い声だ。
いつもの、俺を愛する声。
俺を好きでたまらない、自分は幸せだって心が溢れ出して、それが音になって俺に贈られる。そんな声。
ガドはひとつ頷いて、俺を見る。
「そして、シャルがお前を愛したから、お前は愛される幸福を知った。そして、愛する幸福を知った。強がりだったくせに、俺達の前でも構わず泣いたほど譲れないもの。そうだろ?」
俺はガドを見つめ直して、頷く。
「ああ、二度と離せねぇ。俺に幸福を教えたのは、シャルだ」
「よし!」バシッ
「ふん」「ん」
俺達の返答に満足して、ガドは俺とシャルの頭を叩いた。
正確には俺だけをバシッと叩いて、シャルの頭はそーっとなでた。音すら鳴っていない。
そんな愛のムチだから、俺も止めなかったんだけどよ。
──魔族でも、天族でも、人間でも。
感情を抱いて生きていれば誰にでも、誰かを想って論じた幸福論がある。
シャルは俺を想って、忘れたままでいいと言う覚悟を決めた。
俺のために笑って、精一杯気丈に振舞って、いつも俺を優先して自分の感情を押し殺し、仮面を被ってでも諦められないから、また一から始めようとした。
それはシャルの考えた、エゴイズム幸福論。
俺は仮面を被ったシャルへ疑心暗鬼になり、離れていくのが怖くなって、愛のなんたるかもわかっていないくせにその真似事をしようとした。
フリでも愛してやれば、それでそばにいてくれるのだろうと思った。
それは忘れた俺の、エゴイズム幸福論。
そして今の俺は──シャルの幸せを願っているように見えて、本当は違う。
『俺の最優先は、シャルが俺のそばで 幸せであることだ』
俺から離れないで、俺の隣で、シャルが笑っていられるように。
俺がシャルを愛して、シャルが俺を愛して、そんな毎日が続くように。
それがお前を愛した俺の、エゴイズム幸福論。
──なあシャル。どうだ。
俺は、我侭を言うのが得意だろ?
胸の内のセリフを開かない箱にしまって、厳重に隠す。
言ってもお前は受け入れると知っているが、わざわざ呆れられるようなことは、言わねぇよ。格好つけていたいだろ?
俺は、優しくない。
本当の俺は、お前を知らないあの俺だ。
だけどお前は、優しいから。
お前が俺を、愛したから。
お前がそうするから、こうしないから。
そうやって考えれば、俺は上手に生きていけるんだよ。
お前に愛されたいから、優しくなったんだ。
シャル。
俺の愛する人。
わざわざこんなに上空まできて、宣言通りに天界の城の周囲に大規模殲滅魔法を放つのは、下の惨状をなるべく見せたくないから。
しばらく手を出せないぐらい壊さなければいけないが、俺がそんな酷いことをしているという実感を、持たせたくない。
小賢しいことをしてまで、俺はまるごとお前に愛されていたいんだ。
「シャル、愛してる」
「ん……? ふふ、アゼル、俺も愛している」
全てが終わってそう言うと、シャルは微笑んでとびきり愛をこめて俺を呼び、愛を告げてくれる。
幸せでたまらなくなって、俺は笑う。
だから、これが正解の幸福論。
この世でたった一人の、俺を世界一の幸せ者にできる人。
「帰ろうぜ、俺達の居場所へ」
「ああ。──帰ろう」
──さて。
最後に笑った、真のエゴイストは?
九皿目 完食
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