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後話 無間地獄(sideメンリヴァー)

 酷い夢を、見ていた。  そんな気分だった。  ぼんやりと目を覚ます。  ここはどこだろう。ぼやけた頭では状況判断もつかない。  メンリヴァーは記憶をさらって、この状況の理由を探し始める。  確か──途中までは順調に進んでいた計画が、魔王の来訪をきっかけに、手のひらを返して牙をむいたのだ。  坂を転げ落ちるなんてもんじゃない。  翼をもがれて崖から突き落とされた気分だ。  玉座の間に魔王達を閉じ込めた頃。  メンリヴァーは人質を探して、地下通路を駆け回っていたはずだ。  そこに、突然あの悪魔(・・・・)が現れた。  夕焼け色の翼を持つ、忌々しい男。  憎らしい魔王に、この天界の王子たる自分よりも美しいと言わしめた存在だ。  絶対に負けたくはない存在──魔界宰相、ライゼフォン・アマラード。  数人の軍人を引き連れたライゼンは、穏やかな笑顔でメンリヴァーに人質の居場所を尋ねた。  その余裕の態度にメンリヴァーは腹が立って── 『あの薄汚れた人間? アレは逃げたぞ。だが所詮人間だ。今頃どこかで、死体になっているんじゃないか? 随分、いじめてやったからなぁ……手足を何度も刻んでやったんだ。『もうやめてくれ、許して、痛い』。そう言ってな……アレは虫らしく、いい声で鳴いたぞ』  ──と、返したと思う。  するとにこやかに笑ったままのライゼンは、自分の周りの部下達に捜索を指示して、その場から追い払った。  そして──あの男は刹那、メンリヴァーを高温の炎で包み込んだのだ。  いつもウィシュキスに守られていたメンリヴァーは戦闘に慣れていない。  当然防御結界が間に合わず、なんの予兆もなく襲いかかった炎に食われ、重傷を負った。  意識はあった。  炎は絶妙な加減で持って、表面だけを焼いたのだ。  痛みに喘ぐメンリヴァーを捕らえたライゼンは、もう少しも笑っていなかった。  メンリヴァーの脳裏に、過去の記憶がよぎる。  昔、乳母に聞いた魔族の話。 〝魔族はいつも笑っている残酷な種族。  粗暴で本能的で獣のような生き物。  笑って同族をいたぶれる、極悪非道の獣〟 〝そんな彼らが笑わない時。  ──それは、真に殺意を抱いた時〟  だから冷酷なあの悪しき種族に、関わってはいけない。  尊き天使をも躊躇なく殺してしまう、魔の種族なのだから。  思い出したところで、遅すぎる警告だ。  為す術もないメンリヴァーは庭園に引きずり出され、何度も何度も、気が遠くなるほど焼かれた。  自分の部下やウィシュキスが助けにやってきたが、周囲を取り巻くフェニックスの炎は、そう簡単には消せない。  強固な結界を作るために時間をかければいいだろうが、そんなことをしている間に、自分は数え切れないほど炭になった。  そうだ。  思い出したぞ。  けれどそこで意識を失い、それからの記憶がないのだ。  ここはどこか。自分は今どうなっているのか。  ふるりと頭を振って、脳にかかったモヤを振り払う。  辺りを見回してみるが、なにも見えない。 「お目覚めですか?」  そんなメンリヴァーに、暗闇の中から恐ろしいあの男の声が聞こえた。  はっとして声したのほうを見るが、やはりなにも見えない。ゾクリと恐怖が背筋を駆け上がる。 「ど、どこだ……っ!?」 「すぐそばですよ、ほら」 「!? ひぃぃ……っ!」  ほら、と頬に触れたのは、ざらついた冷たいなにかだった。  正体のわからないものを触れさせられ、縮こまった悲鳴が上がる。  これから自分がどうなるのかわからない恐怖に体が震え上がるが、どうにも動けない。  懸命に自分の状況を考えると、どうやら椅子かなにかに座らされ、そこで固定されているようだ。

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