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第309話(sideメンリヴァー)*

 そんなメンリヴァーの恐怖とは対照的に、語りかけるライゼンの声は落ち着いている。 「生きたまま焼かれるというのは、とても苦しかったでしょう? 呼吸のたびに喉を焼かれ、意識を失えず、一瞬が永遠に感じる。だから私は、あまり炎魔法を使わない。治癒魔法のほうが、ずっと性にあっています」  でもね。  ビクッと肩が跳ねる。  ライゼンが語る様を、ただ聞くことしか許されないメンリヴァー。 「私の主に、その大切な伴侶に、手を出した者にはその使用を厭わない。……焼かれたあなたは、本性が透けて見えましたよ。とても、醜い」 「ぁ……ぁぁ……っ」 「あなたの頬をなでるコレ、なんでしょうか。わかりますか?」  声を出すのも困難なメンリヴァーに、穏やかな宰相は「正体とこの使用方法を当てれば、私はなにもしないと約束しましょう」と持ちかけた。  すぐさま萎縮した脳をフル回転させ、答えを考える。  ──考えろ、考えろ……!  でなければまた焼かれる……ッ!  嫌だ、あんなのはもう嫌だ!  そうして脳細胞が掠れそうなくらい考え抜くと、すぐに最悪の想像は現れた。  冷や汗が流れる。呼吸もままならない恐怖だ。  しかし恐る恐る、口を開く。 「……や……やすり……?」 「はい。使用方法は?」 「ッ……や、やめ、やめろっ……! 僕は、僕は天界の王子だぞ……ッ!? そんな無礼な仕打ちをして、貴様生きていられると、」 「使用方法はそれですか?」 「! ひっ、ぃ、あっ、ちがッ、ぼっ……ぼ、僕……僕の手足を、……け……削る……っ!」 「ふふふふふ」  答えの想像を現実にされるのが嫌で発した言葉すら無視され、喘ぐように答えた。  日暮れのさざ波のような穏やかで優しい笑い声とともに、メンリヴァーの頭をそっとなでる手の感触。 「ふ……っ」  その手の優しさに、ほっと胸をなで下ろす。  どうやら……正解したようだ。  これで自由になれる。ようやく天界に帰れる。  もうあの地獄を味わわずに済むのだ。  天族でもないこの男が高度な治癒能力を持つがために、致命傷を与えた結果殺してしまうことを厭わない。  何度も焼かれ何度も治療され、淡々と静かに、能面のような表情で天使を焼く魔族。  まさしく、悪の名に相応しい所業。  安堵するメンリヴァーの頭をなでていた手が、ゆっくりと離れた。 「不正解です」 「!? うぐぅッ!」 「正解は〝あなたの歯を削って直接神経をすりおろす〟でした」 「ううううっ、うっ」  ──そ、そんな……っ!  せっかく助かると希望を感じた途端に、容赦なく告げられる絶望。  鉄製だろう固く冷たいヤスリが、メンリヴァーの口内へ乱暴に突きこまれる。  どうして、どうしてこうなったんだ。  なぜこの僕が、まるで虫のように弄ばれている?  あぁ、あぁ助けてくれ。  誰か、誰でもいい。魔界に乗り込んで僕を助け出す者は、いないのか?  ほら、可哀想だと思わないのか?  こんなに美しい僕が、愛されずに傷つけられているのだぞ?  あんな人間、どうだっていいじゃないか。  ナイルゴウンの心なんて、どうだっていいじゃないか。  長い間憎らしいほどの片想いをしていたのに、こんな結末を迎えた僕のほうが、よっぽど可哀想だろう。  求めたものに拒絶されるなんて、不幸そのもの。  不幸な僕が一番愛されるべき、守られるべき、尊ぶべきだ。  早く僕を助けに来い。  いや、もうなんでも、誰でもいいから、早く。  愛されるべきは僕だったはずだ。  ──それ以外は有り得ないのに……ッ!  ポロポロと痛々しく泣き出したメンリヴァーに、この無間地獄の支配者は、殊更優しく語りかける。 「泣かないで。私がこうするのがあなたにとって最も効果的だろうと、主はわかっていた。だから、ね? 私がコレを、することになったのです。それに……私の主は、私の特技を理解している。その期待に、報いなければ」 「う、うう……っ、ふう……っ」 「可哀想ですね、綺麗な顔が台無しですよ。せっかく治療してあげたのに。まあ……目は抉り取ったのですがね」  魅了、もうかけられませんね。  それがないと、あなたはもうただの小鳥。  メンリヴァーは、この男は狂っていると、涙を流しながら感じた。  どうしてそんなに楽しそうに、もう永遠に光は訪れないと告げられるのか。  自分は次期天王。  こんなことをしていいわけがない。  今に天界中から天使が集まってきて、こんな狂った男は殺される。  ──綺麗な顔を台無しにされるは、貴様のほうだ……!  どれほど胸の中で吠えようとも、それを言葉にすることは許されない。  自分を愛することしかできない天使は、たった一言、発するべき言葉を思い浮かべることすらできなかった。  〝ごめんなさい〟  それだけなのに。

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