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第299話

「どうして突然暴れだしたんだ……!?」  重傷者に治療をする天使達や崩れ落ちた瓦礫を躱して、ひたすらここよりも強大な魔力を感じる方向へ駆ける。 「応援をっ応援を呼ばねばっ!」 「オイ待て! 玉座の間には行くなッ! 巻き添えを食らって死ぬぞッ!?」 「ひぃぃぃッ! へ、陛下以外はもうみんな殺されたッ! 王族も一兵卒も関係なくだ! 近衛騎士団がまるごと壊滅したんだッ!」  ドカァンッ! ドドドドドドドッ! 「うわああああッ! 城の上空もダメだッ! 化物がいるッ!」 「我らが天空軍が総当りしているがまるで効いていないぞ!?」 「城の中だッ! とにかく邪悪なる魔獣共の殲滅をッ!」  バタバタバタ 「大変だアァッ! おッ王子殿下がッ! 王子殿下が庭園で敵の手にッ!」 「クソッ! はやくお助けしろッ!」 「それが、宰相様でも歯が立たないのですッ! 数を集めないと……ッ!」 「そんな余裕がどこにあるというのだッ!?」  あちこちから集まってくる天使達の声。  それが耳を掠めて状況を理解するにつれ、本当に魔界からきた全員が天界に牙をむいているのだとわかり、焦燥が胸を締め付ける。  治癒が得意な天使達の治療が追いつかないほど、圧倒的で容赦のない攻撃。  立ち直る時間を与えないというわけか。  ここで潰す。そのための一斉同時攻撃を、事前に取り決めていたのかもしれない。  ならばこれは本気だ。  本気で天界を壊滅させる気だ。  ──なぜこんなことを突然……?  駆け抜けながら俺の脳にはその疑問が絶えず浮かび、自分の行動を最適化するため、攻撃の意図に思考を巡らせた。  記憶がないあのアゼルは、警戒心が強く慎重で疑り深い。  けれどアゼルに全幅の信頼を寄せるガドやライゼンさんは、アゼルの命令がなければ決して攻撃を開始しないだろう。  そこまで考えて、ハッとした。  まさか。  いや、これまでの情報からその可能性はあるだろうが、そんな馬鹿な。  アイツは魔王としての自分をちゃんと大事にしているし、その立場の重さを自覚している。  なのにこんなこと、王としては後先考えないにも程がある。  もし全てわかっていて全面戦争を仕掛けたのなら、正真正銘の大馬鹿者でしかない。 「……っ」  だけど……そうじゃないと、説明がつかないじゃないか。  記憶のないアゼルは、表向きの理由まで用意して、威嚇するような顔ぶれで牽制して、たぶんそうやって俺と記憶を迎えに来てくれた。  魔王として魔界を危険に晒さないよう準備をし、超えてはいけないギリギリのラインまで、できる限り尽くしてここに来たのだろう。  それが急に手のひら返して、その体面を全てを無に帰し、力技で奪い返そうなんて。  ──いや……違う。  突然今持てる全軍を使って攻撃を仕掛けるくらい、なりふり構わず怒っているんだ。  記憶が戻った、アゼルが。 「っ……帰ってきた、のか……。わかっていないんじゃない、わかっていても、やる、アイツが……っ」  気がついた途端、必死に走る足がもつれかける。  表情がグシャグシャに歪んで、俺の頭に様々な感情が渦巻いて溶けていく。  巻き添えをくうまいと逃げてくる天使達の来た方向へ、呼吸を乱して必死に向かった。  ドクドクと激しく鼓動して俺の心を代弁する心臓が、〝ここにいるぞ〟とアイツを求めて、爆発してしまいそうだ。 「はっ……はっ……っああもう、最低だ……っ!」  泣きそうになる。  恥ずかしくて、頭を抱えたくなる。  俺はこの短い数日間本当にたくさん悩んだし、虚勢も張った。  そしてどうすることがお前のためなのか気がついても、嫌だ嫌だと泣きじゃくって、我侭も言ってみた。  それでもどうにもならないから友人に記憶を吐露して、どうにか進み方を決めて、天使に感謝までしてみせたのだ。  それが、どれだけの覚悟が必要だったか。  お前に忘れられた記憶を諦めるのが、どれだけ難しいことだったか。

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