299 / 615
第299話
「どうして突然暴れだしたんだ……!?」
重傷者に治療をする天使達や崩れ落ちた瓦礫を躱して、ひたすらここよりも強大な魔力を感じる方向へ駆ける。
「応援をっ応援を呼ばねばっ!」
「オイ待て! 玉座の間には行くなッ! 巻き添えを食らって死ぬぞッ!?」
「ひぃぃぃッ! へ、陛下以外はもうみんな殺されたッ! 王族も一兵卒も関係なくだ! 近衛騎士団がまるごと壊滅したんだッ!」
ドカァンッ! ドドドドドドドッ!
「うわああああッ! 城の上空もダメだッ! 化物がいるッ!」
「我らが天空軍が総当りしているがまるで効いていないぞ!?」
「城の中だッ! とにかく邪悪なる魔獣共の殲滅をッ!」
バタバタバタ
「大変だアァッ! おッ王子殿下がッ! 王子殿下が庭園で敵の手にッ!」
「クソッ! はやくお助けしろッ!」
「それが、宰相様でも歯が立たないのですッ! 数を集めないと……ッ!」
「そんな余裕がどこにあるというのだッ!?」
あちこちから集まってくる天使達の声。
それが耳を掠めて状況を理解するにつれ、本当に魔界からきた全員が天界に牙をむいているのだとわかり、焦燥が胸を締め付ける。
治癒が得意な天使達の治療が追いつかないほど、圧倒的で容赦のない攻撃。
立ち直る時間を与えないというわけか。
ここで潰す。そのための一斉同時攻撃を、事前に取り決めていたのかもしれない。
ならばこれは本気だ。
本気で天界を壊滅させる気だ。
──なぜこんなことを突然……?
駆け抜けながら俺の脳にはその疑問が絶えず浮かび、自分の行動を最適化するため、攻撃の意図に思考を巡らせた。
記憶がないあのアゼルは、警戒心が強く慎重で疑り深い。
けれどアゼルに全幅の信頼を寄せるガドやライゼンさんは、アゼルの命令がなければ決して攻撃を開始しないだろう。
そこまで考えて、ハッとした。
まさか。
いや、これまでの情報からその可能性はあるだろうが、そんな馬鹿な。
アイツは魔王としての自分をちゃんと大事にしているし、その立場の重さを自覚している。
なのにこんなこと、王としては後先考えないにも程がある。
もし全てわかっていて全面戦争を仕掛けたのなら、正真正銘の大馬鹿者でしかない。
「……っ」
だけど……そうじゃないと、説明がつかないじゃないか。
記憶のないアゼルは、表向きの理由まで用意して、威嚇するような顔ぶれで牽制して、たぶんそうやって俺と記憶を迎えに来てくれた。
魔王として魔界を危険に晒さないよう準備をし、超えてはいけないギリギリのラインまで、できる限り尽くしてここに来たのだろう。
それが急に手のひら返して、その体面を全てを無に帰し、力技で奪い返そうなんて。
──いや……違う。
突然今持てる全軍を使って攻撃を仕掛けるくらい、なりふり構わず怒っているんだ。
記憶が戻った、アゼルが。
「っ……帰ってきた、のか……。わかっていないんじゃない、わかっていても、やる、アイツが……っ」
気がついた途端、必死に走る足がもつれかける。
表情がグシャグシャに歪んで、俺の頭に様々な感情が渦巻いて溶けていく。
巻き添えをくうまいと逃げてくる天使達の来た方向へ、呼吸を乱して必死に向かった。
ドクドクと激しく鼓動して俺の心を代弁する心臓が、〝ここにいるぞ〟とアイツを求めて、爆発してしまいそうだ。
「はっ……はっ……っああもう、最低だ……っ!」
泣きそうになる。
恥ずかしくて、頭を抱えたくなる。
俺はこの短い数日間本当にたくさん悩んだし、虚勢も張った。
そしてどうすることがお前のためなのか気がついても、嫌だ嫌だと泣きじゃくって、我侭も言ってみた。
それでもどうにもならないから友人に記憶を吐露して、どうにか進み方を決めて、天使に感謝までしてみせたのだ。
それが、どれだけの覚悟が必要だったか。
お前に忘れられた記憶を諦めるのが、どれだけ難しいことだったか。
ともだちにシェアしよう!