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第329話(sideアゼル)

 ♢  今日は思ったより会議が長引いて、終わったのは昼飯時の頃合いだった。  今から用意させるのも悪いか、と思ったので、なんとはなしに食堂でパンでも買い、執務室で書類を確認しながら食べようと考える。  今日の俺は機嫌がいい。  ライゼンも執務室にいるだろうし、食後はティータイムをしよう。  もちろんシャルのお菓子でな!  上機嫌に城の階下を歩く、階下ではレアな俺だが、下働きの従魔達は特に気にしない。  魔王様親しみやすさ度合いを昔の俺を低とするならば、恩人と出会ってからが中。  シャルと出会ってからが、高となっているのだ。  おかげで見ただけで怯えられることはない。  まだ城下街以外の街では怯えられるけどな。  特例として──どこぞのユニコーンの骨がシャルにお触りしているのを発見した時の俺は、最低である。  人間風に言うと馬の骨。  そうじゃなければ、昔のようにうっかり冷たい言葉を吐いたり、うっかり魔眼で縛ったりしねぇからな。  とは言え、気さくに話しかけることはない。  だが挨拶はされる。それだけで、俺は満足だ。  機嫌よく食堂のお持ち帰りコーナーに立ち寄って、サンドイッチを一斤分買う。  列に並ぼうとすると人混みが自然に割れるのは、いつものことである。  別に、列に並ぶというルールを王が率先して破ったりしねぇのにな。  途中お持ち帰りコーナーにシャルのお菓子がないかと見たが、当然のように売り切れていた。  若干闇オーラが出てしまったかもしれない。  俺の分は予約で毎日届けられるとはいえ、やっぱりアイツのお菓子が知らない他人に食われるのは、上機嫌がやや下がる。  この件については何度か小言を言っているが、ただ養われるだけというのは許しがたいらしい。  俺はそれが許しがたいってんだよ真面目め。  クソ。かわいいかよ。かわいいぜ。  あの記憶喪失拉致事件があってから、俺はシャルがもっとかわいくて仕方がねぇ。  傷つけたぶんを補うように、常に構いたくなってしまうんだぜ。  時間が有限だとわかっているから、大切にしたい。  可愛いからいじめたくなるし、可愛いからつい口からポロッとでてしまう。  昨日のことを思い出すと、ヤニ下がった表情が戻らない。 「フッ……フフフフ……クックック……」  周囲の魔族から見ると、それは暗黒系の笑みに見えるらしいが……今の俺はちっとも気づいていなかった。  こういうところが、距離を取られる理由だろう。  頭の中が見えなくてよかった、とどこかでライゼンがため息を吐いている気がするぜ。  尻尾があれば確実に左右に振りしきっているだろう調子で、ふんふんと機嫌よく歩く。  するとご機嫌な魔王である俺の目の前から、グレーの軍服を着た、人型のくせに大柄な男がやってきた。  金髪ツンツンな目つきがバーサーカーそのものである凶悪勇者──リューオである。  コイツは人間のくせに俺と斬り合える人間詐欺野郎だ。  魔法を使えば勝てるが、なんとなくコイツは斬り合いで叩きのめしたい。  まぁ……俺も結構楽しんでるのかも知れねぇ。  ムカつくけどな。悪くねぇよ。ふふん。  機嫌のいい俺に気がつくと、一瞬でゲッ、とでも聞こえそうな顔になったリューオ。  しかし俺がなにか言う前にツカツカと歩いてきて、ガシッと腕を取った。  なにしやがるこの年中御無礼野郎。 「よう魔王ッ! 今から飯か? つまり暇だろ? 暇だな? 昼飯俺に付き合えよ」 「は? お断りだ。俺は今から執務室で飯を食って、その後魅惑のティータイムなんだよッ!」 「けちけちすんなやテメェッ! 俺とティータイムどっちが大事なンだオラ!」 「ティータイムに決まってンだろ。間抜けかお前? デコピンすんぞコラ」 「おいやめろ指をこっちにむけんじゃねェ。テメェのデコピンはデコピンじゃねェンだわ。指型殴打装置だかんな。自覚しろチートの擬人化がッ」  無礼なリューオは人間と魔族のポテンシャルの違いを説明しながら、ギャーギャーと一人で騒がしい。  脳筋風情が、俺のティータイムへの道を邪魔すんじゃねえ。  何人たりとも足止めさせるか。  舐めんなよ、俺のシャルタイムへの執念を。  馬鹿じゃねぇのかと一蹴しながら騒ぐリューオをあしらうと、リューオはギロッ! と凶悪犯罪者バリの鬼気迫る顔で睨んできた。 「魔王よォ……大人しく俺の相談に乗るなら、この間二人で鍛錬した後顔洗ったシャルに貸したタオルをやる」 「お前の部屋でいいのか?」 「…………」  なにしてんだ? 早く来やがれオイ。  こちとらこう見えて忙しいんだよ、暇じゃねぇわアホ。  多忙な俺が慈悲深く馬鹿勇者の話を聞いてやるって言っているのに、なにぼうっとしてんだコノヤロー。  腑に落ちない様子でついてきたリューオを急かし、俺達はリューオの部屋──もとい、シャルの使用済みタオルへ向かって歩き出した。

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