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第355話
──言うわけがあった。
ちょっとしたすったもんだの末のことだ。
俺がなぜこんなことを言っているのか理解したキャットが、両手の人差し指をあわせてもじもじとしながら語ってくれた、真相。
実はキャットは威圧感のある人が相手だと、緊張してしまう。
それでついあんな堅苦しい話口調と、余裕ぶった表情になってしまうらしい。
あんなことを言うつもりはないのだとか。
さっきのセリフの意訳は「あなたたちに突然話しかけられたら照れてしまうんです! でも俺でよければ、ちゃんと魔王城まで乗せて行きますよ!」ということだ。
これは……ミラクルすぎるな。
俺やライゼンさんのような穏やかそうな人にはああはならずに、素直なままのキャットでいられる。
緊張してしまう怖い人達というのは、具体的にアゼル、ガドには当然。そして──ゼオだ。
特にゼオが相手だと、威圧感に緊張と高レベルで押し寄せてきて、殊更言葉がこんがらがるそうだ。
全ての説明を受けた俺は、説明をしながら照れているキャットに、ふむと顎に手を当てる。
「キャット……勘違いだったら申し訳ないが──お前はゼオが恋愛的に好きなのか?」
「うおぉぉぉおおぉおッ!? どうしてッ!? どうしてバレたッ!?」
「バレバレだった」
うんうん頷くと、恋心の露呈に頭を抱えて悶絶し始めるキャット。
あれだけかっこいいと豪語して、乙女のように紅潮しながら思い出を語っていたら、誰にだってバレると思う。
逆になぜバレないと思ったんだろう。
魔界バレバレ思考回路ランキングを作ったら、ナンバーワンじゃないだろうか。
更に言えば、俺もアゼルのツンでデレの深読みをできるようになってきているからな。
心持ち得意になって「ツンデレのアゼルで真意を読む能力がついたんだ」と言うと、キャットには「魔王様はシャル様関連ベリーイージーですよ」と親指をたてられた。
ううん……俺関連が俺にとっては一番難しいんだぞ?
キャットがゼオを好きなことは秘密にしてほしいと言われたので、俺達はここだけの話ということにし、秘密を守ると固く握手をした。
馬車の中コンビの絆は本物である。
「それじゃあシャル様! 外に出て形態変化をするので俺の背に乗ってくださいね!」
「ああ、ありがとう」
にこやかな笑顔うかべたキャットに笑みを返す。
キャットは意気揚々として、馬車の扉をガチャ、と開いた。
「ふん、不甲斐ない上官に代わって後は俺がどうにかしてやるから、貴様らは散れ。馬車の後片付けくらいならさせてやる。感謝しろよ?
(意訳・俺に任せて帰還してもらっても大丈夫ですよ! あっでも馬車は連れ帰ってほしいです……!)」
「相変わらず不遜なやつだなァキャットォ~、俺だってシャルを乗せてェのにずるいぜ」
「ガキが。ガド長官は、無駄な旋回と螺旋がすぎる。もう少し上官らしく見本になるようなことをしたらどうだ。妃が落下死したら命はないと思え
(意訳・旋回や螺旋で自由に飛んでも速いなんて、すごいです! 見本にするには難しすぎますが……それにシャル様を落としてしまったら大変ですから! ここは俺が!)」
ブワッと風をまとったかと思うと、すぐに馬車の外へ現れた金色がかったグリフォール。
俺はそれによいしょと跨りながら、全くキャットの言葉の真意がガドには伝わっていないのがわかって、なんとも難儀な性分だなと心配になってくる。
ガドは乱暴な言い方をされても怒らないが、アゼルにもこんな感じなんだろうか。
それはそれで大物だな。
もふもふの毛皮を掴んで準備万端の俺と俺を乗せたキャットを見て、腕を組んでそばにいたゼオが、不意に淡々と告げた。
「キャット副官。その人、落とさないでくださいね。一緒に貴方の命も落ちるので。……まあ、大丈夫だと思いますけど。アンタは竜よりノロいが、真面目で仕事熱心だ」
『!!』
「──俺はそういうやつは嫌いじゃない」
「ピィィィィイイイイィィィィイィイイィッ!!!」
「おあああああああああっ!?」
──こうして。
恥ずかしさのあまり、鈍翼とは思えない速度で魔王城へ突っ込んでいったキャットによって、無事に怪獣対戦の会場へたどり着いた俺だったが。
まさか羞恥が爆発していたキャットが、二人の間に割って入って、叫びながら四方八方に魔法を放つとは思わなかった。
……そして反射の勢いでうっかりキャットを瀕死に追い込んだのは、アゼルである。
物凄くしまった! という顔をしていた。
けれどダダをこねているのを俺に見られたことに気がついたアゼルは、あわあわとしてだな。
「別に帰ってくんのなんざ、待ってねぇよ! 今来たとこだぜッ!」なんて言い、言葉とは裏腹に百年ぶりの再会かと思うほど、激しく抱きついてくるとも思わなかった。
つまり今日一番なにが言いたいかというと──
離れている時間が長いほど、アゼルのハグは俺の意識を刈り取る絞め技になる。
──ということである。
うん。……明日は今日より、早く帰ってこようか。
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