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第389話(sideアゼル)

 出勤した俺はまず、勝手に玉座の間に集まっていた臣下へ「俺は休む、明日にしろ」と連絡して、休日をもぎ取る。  そしてその足で城下町に飛んで行き、子供服を買い漁って直帰したのがついさっき。  勝手に休んだことがバレ、理由を聞きに来たライゼンに、シャルが事情を話したのがその後。  事情を理解したライゼンは絶叫してよろめいたが、肝っ玉が据わっているので危険がないかタローを観察してから、ドンとソファーに座り込んだ。  タローはライゼンの翼を見て、キャッキャとはしゃいでやがったけどな。  子供はよくわかんねえ。  俺はと言えばそんなことより、シャルにサボったのがバレたほうがショックがデカく、内心焦り倒していた。  当たり前だ。  アイツは俺よりもずっと真面目なんだぜ……!  シャルは特になにも言わずにいつも通りのままライゼンに紅茶を淹れているが、叱られるのは嫌だ。  シャルに叱られると、トロールに殴られるより何倍もなにかが抉られるかんな。本当だぞ?  俺は落ち込んでいないフリをするが、胸の内では血の涙を流すに決まってる。  自業自得でも嫌なものは嫌だ。  なるべく悪事は誤魔化していたい。  ライゼンのフォローに忙しいシャルに気を使い、と言うか戦々恐々としているのが悟られないよう密かに肩を丸める。 『まおちゃん、まおちゃん、かぜひいたの?』 「あぁ……?」  すると、タローがポンポンと俺の膝を叩いた。……と言うか、まおちゃんと言うのはまさか俺か。  はじめに俺達の名前を教えてやったときに、シャルが「このお兄さんは魔王様のアゼルだ」と説明したんだが、魔王様のインパクトが大きかったんだろう。  それにしたってちゃんはどこから来たんだ? 馬鹿野郎め。  俺の不満を知りもしないまま、キョトンと丸い目で見つめてくる白い子供。  魔族でこんな姿のやつは覚えがない。  シャルが世話していた卵から生まれた、魔力のない変な子供だ。 「…………」  じっと見つめると翡翠色のその目は逸らされることなく、俺を見つめ返している。  大きな瞳自体は似ていないはずなのに、世話されて語りかけられていたからか、少し眠たげで透き通ったそれはシャルに似ていた。  …………、それはズルいだろうが。 『バタン? まおちゃん〜……?』 「うぐ……っ」  シャルに似ていると思えば、心配そうに眉をひそめて首を傾げるタローに、ますますシャル感を感じ取ってしまった。  アイツはよく首を傾げる。  そして心配すると少し上目遣いになるし、顔中で大丈夫か? と聞いてくる。  可愛い、好きだ、最高だ。  卵時代のタローは俺にとって嫁のペットのようなもので、ようはシャルのオマケだった。  シャルは中身がそれなりに成長してるとは、知らなかったらしい。  つつくたび反応するタローをシャルがあんまり可愛がるものだから、嫉妬でこっそりメンチを切って先手を打った程だ。  ──だけどそのうち、シャルの真似をして突いたり、シャルの手伝いをして世話をしたりすると、なんとなぁく、悪くない気分にはなっていた。  そんなシャルの大事な、俺の嫌いじゃない卵から生まれた、タロー。  小さな生き物には、ガドにしか接したことがない。  あの時は俺も中身がまだ子供っぽかったと思うから、歳の離れた弟のような感覚だった。  じゃあタローはなんなんだろう。  俺の養子にしたほうがここで暮らすに当たって都合がいいから家名をつけたが、つまるところそうなるんだろうか。 『まおちゃ、しゃる、ちゃんとふかないとかぜひくって言ってたよ〜』 「ガルル、なんにょまねりゃこりゃ」  なにも知らないからだが、魔王である俺の頬をめいいっぱい手を伸ばしてもにゅもにゅと揉むこいつは、俺の〝ムスメ〟になるらしい。  まったく実感も父性も湧かねぇ。  うん。多分湧いてないと思う。  取りあえずシャルが可愛い可愛いと即オチした小憎いタローを卵の殻のように砕いてしまうとマズいので、やめさせるのは我慢することにした。

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