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第391話
さて、アゼルとタローがボソボソと二人顔を突き合わせ親睦を深めているなんて、気がついていない俺はと言うとだ。
タローについて、長寿であるライゼンさんに思い当たる話を聞いていた。
「魔力のない魔族……。私は嗅覚の優れた種類じゃないので、魔王様の話の真偽はわかりません。けれど確か、卵のタローが流されて来た日は……洪水の翌日でしたね?」
「あぁ、そういえばそうだった。……もしかして、洪水で魔力が流れたのか? 川で洗濯はしてなかったんだが」
「シャルさん、魔力はシャツのシミのようなものではないです」
お風呂に入っても流れ落ちないでしょう? と至極優しく言われた。
それはその……まさかそうなのかも、と思っただけだ。本当だ。
信じられないがと言うのが半分と、残り半分は本気だったので、少し恥ずかしくなった。
それもわかっていたのだろう。
ライゼンさんはふふふと笑みを浮かべ、事情を教えてくれた。
魔族や精霊族なんかは種類にもよるが、学習能力が高い。
ずっと聞いていた言葉なら、話せるかは置いておいて理解できる。
魔族で言う魔物語──精霊族なら念話だが、それはスキルとして元々備わっているそうだ。
鈍い人間には受信することができないだけ。
体の成長速度が早いのも、そうして素早く力をつけて外敵と戦うためだ。
余談だが、天使は守りに特化しているので逆に成長が遅いらしい。
確かに空飛ぶ天界は、外敵に襲われにくいだろう。寿命も長い。
卵の中でタローくらい大きく育つには、タローの種類がわからないので一概には言えないが、概ね半年以上かかる。
ならば三ヶ月以上、大事に育てていた親がいるはずだ。
けれど魔王城に親らしき者からの音沙汰もないし、タロー自身も親を恋しがることもなく、むしろやたらとここが楽しい様子だった。
理由はわからない。
卵だから元の名前がないのか、タローは名前をつけた時も抵抗なく受け入れる。
俺とアゼルがお父さんなんだが構わないかと聞くと、手足をばたつかせて喜んでいた。
魔界では子供が洪水で流されたなんて、そんな噂もない。
魔力がなくて、親がいなくて、見たこともない魔族。
そうして話ははじめに戻る。
ライゼンさんは難しい顔で「現状予測に過ぎませんが」と前置きをした。
「大規模な自然現象が起こると、魔界でも精霊が生まれることがあるんです。大抵自然系の精霊は流動的な外見なので、風に乗ったりして故郷に帰るのですが……もしかしたら、卵が生まれてしまったのかもしれません」
「んん……? 精霊には自然から生まれるものがある、のか?」
「はい。半数ほどは繁殖ではなく発生であり、親がいません。そうしてたまたまできた自然の卵が三ヶ月後、洪水で山が崩れて流され、シャルさんが拾われた、という。荒唐無稽ですが、タローが親を恋しがらずにシャルさんたちになついている以上、それしかないかと……」
「ということは、つまり」
「タローは精霊だと思われます」
ライゼンさんはいつも通りの微笑みを浮かべていたが、顔色はかなり青かった。
その衝撃の結論は、ライゼンさんの胃痛を悪化させるものらしい。
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