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第411話

 俺の知る限り、ガドはアゼルに一切警戒されない上に、多少他の部下より甘やかされている。  臨時教師初日にアゼルを差し置いてまんまと出迎えたり、俺達の部屋に窓から侵入したりしても許される、稀有な存在だ。  俺もガドを甘やかすし、タローもガドくんガドくんと懐いている。  ガドは愛され弟キャラだからな。  弟にしては図体がかなり大きいが。百九十センチ、プラス角である。  そんなガドに対して追い出したり文句は言わないものの、最終形態になるなんて……。  警戒度マックスじゃないか。  どうしたアゼル。  困った展開なので、大抵の物事はなんとかしてくれる空軍長官も、今回ばかりはお手上げだ。  俺としてもまた喧嘩になるのはよくないので、ガドに真相を聞くのは諦めよう。  アゼルの頭をよしよしとなでてやり、やっぱり気が済むまで好きにさせることにした。  うん。まぁ、悲しんでいるわけじゃないなら、困ることはないか。  ずっと一緒にいるわけだから、のんびりといつまでも付き合うとしよう。 「ククク。俺だって魔王に深淵魔法向けられて、めちゃ焦ったかんなァ……。俺はシャルに近づいても怒られねェ貴重な人種だったから、初めて叱られて、攻撃されるボーダーラインを知ったばっかなンだぜェ? 対暴走魔王ウェポン、ルーキールーキー」 「ええと、本当になにがあったんだ……?」  別に俺は誰が近づいても怒らないんだが。  気になることを言ったガドは「ンじゃあな〜」と手をひらひら振って、扉に向かって歩いていく。 (……うん?)  ふと、そんなガドを見ていてなんとなくなにか違うと思い、首を傾げて声をかけた。 「帰る前に、ガド」 「ン〜?」 「どうして尻尾がないんだ?」 「おうさ」  しばらく待てば生えてくるぜ、と尻を振ったガドのそこには、トレードマークの銀尻尾がなかったのだ。  いつも彼の機嫌に合わせてコミカルに揺れる尻尾が、見事に生えかけの極短いものしかない。 「浮気されたから切られたんだぜィ」 「さ、された?」  まるっと刈られているその尻尾は、曰く、浮気されたから刈られた、だと?  理解できなくて瞬きを繰り返す。  浮気された?  ガドは本人いわく独身で、恋人も好きな人もいないはずだが、ん、んん?  しかし、真相はすぐにわかる。 「お前に浮気相手にされたンだぜ〜」 「なんだ相手にか……。……俺にかッ!?」  バタン、と扉が閉じて言うだけ言って消えていった尻尾なしドラゴンは、最後にとんでもない爆弾を落としていったからだ。  浮気。  それはカップル、又は番間での契約違反。魔界ペディアより。  魔界の法律では、男性ならあそこをもぎ取っても構わないし、女性なら近所のボスママ及び姑と規定期間内同居である。  ちなみに魔界の裁判では、魔王に勝てばどんな罰も受けないというルールがあったり。  そしてその魔王様はもちろん──俺の旦那さんだ。 (浮気、だと……? それは嫉妬深くて独占欲の強いアゼルが、最も怒ることじゃないか。……いや、昨日のことを考えると、怒る気力もないくらい凹んでいたのか……)  ギギギ、と後ろを振り向き、アゼルを伺おうとした。  けれどアゼルは俺に抱きついて甘えたっきり顔をあげないので、伺えない。 「う、浮気、したのか? 俺がガドと?」 「…………酔った俺は覚えているしお前にしか懐かなかったのに、シャルは忘れて、キ、……俺が一番かわいくて好きだって言え」 「キっ? キってなんだっ? お、俺はお前が一番好きでかわいいと思っているし、お前じゃないと嫌だ。浮気なんてしない。できない。どういうことだ……っ?」 「……ガドよりもって言え……」 「んっ? いいや、誰よりも、だっ」 「…………」 「誰よりも好きなのに、うっ、うう……俺はなにをしたんだ、困る……っ」  必死に頭をひねる俺は、アゼルの機嫌がやや復活していることに気がついていない。  アゼルがこうなった原因が浮気らしいことはわかったが、身に覚えがないのだ。  う、浮気だなんて、そんな馬鹿な。  なにかの間違いでは。  いや、間違いだとしてもそう思われる行動とは? 結局、結局俺は、どんな行為をしたんだ……? 「………だ、誰か、誰か昨日の俺の行動をまるごと教えてくれッ!」  浮気と言うとんでもワードに青ざめ、冷や汗を流しながらそう絶叫した。  しかし絶叫にも返事をしてくれなかったアゼル含め、みんなの態度が元に戻るまで、その後一週間の時間を要したことを、お知らせしておく。  今でも誰も真相を教えてくれないが……うん。  とりあえず俺はもう二度と、溺れるほど酒は飲まないでおこう。  酒は飲んでも飲まれるなを、手酷く痛感したある日の事件だった。  余談だが──元に戻ったアゼルがそっぽを向いてガドに返していたアレは、まさかガドの尻尾じゃないだろうな……?  兄の胴体はもげなかったが、弟の尻尾はもげた事件でもあった。

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