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第420話
お風呂から上がった俺は、タローと二人で作戦を練った。
その名も〝まおちゃんパパ朝帰りしないでね作戦〟である。
命名はもちろんタローだ。
俺がつけると〝すぺシャルおかえりあげタロー作戦〟だったので、却下だった。
作戦名を決めて、出迎え準備と相成る。
タロー曰く仲直りの音であるガンガンがよくわからなかったため、手近な楽器で出迎えてみたのだ。
しかしようやく帰ってきたアゼルは、そんな俺達を素気なくあしらう。
しかも、なんと、あのアゼルが、部下と食事に行って遅くなっただけ、だと……!?
「しゃるぅ〜。つぎにゃんこいっぱいかいて〜」
「にゃんこな」
「にゃんこしょんぼりしてる」
アゼルが風呂に入っている間、タローとお絵かきをしている俺は、一見いつも通りである。
子供に落ち込む姿ばかり見せられない、という使命感だが、俺の本音は絵に現れてしまった。
そうだ、しょんぼりしてる。
だってアゼルは、人と食事をするのがあまり好きじゃないんだ。
そりゃあ幹部たちなら信頼しているだろうから問題ないけれど、それでも予定なく誰かと食事をして帰ってきたことなんかない。
ただ食事を取ってきたなら全く問題ないし、仮に誰かと二人だったとしても、俺は構わない。女性でも構わない。
問題はそれを普段やらない男で、今俺オンリーだがデリケートな心情で、尚且つ事後報告だということだ。
それになんだ?
お帰りのハグをした時に香った、女物の香水や化粧品のあの独特の香りは。
アイツはそれが嫌いだった筈だぞ。
匂いが移るほど至近距離だったのか?
やたらと今風呂が長いのも、もしや女性の痕跡を消そうとしているんじゃないか?
まさか。いやいやいや、アゼルに限ってそんな事はない。うん、うん。
自慢じゃないが、いや少しは誇らしく思っているが、俺とアゼル程互いが好きすぎる番も魔界じゃなかなかいないと自負している。
「しゃる、にゃんこいっぱいだね〜!」
「ははは、数えてみるといい」
「おててのゆびがたりないよっ」
魔界でオシドリカップルコンテストでもあれば、優勝を狙えるのではと思っているくらいだ。
普段ならまさかだって有り得ない想像である。
しかし近頃ひっそり不安になってきた俺は、ユリスに女性誌を借りたのだ。
そして恋愛コラムを熟読しているような状況と言うことを踏まえると、想像は想像たり得ない。
なんというか、まぁ……とあるチェックリストによればだ。
一つ、以前より冷たくなった。
一つ、性交渉回数が減った。
又は内容の変化、誘っても拒まれる。
一つ、身嗜みに気を使うようになった。
一つ、外出を推奨される。
一つ、帰りが遅くなり、尋ねると怒られる。
ノルマクリアどころかフルコンボなんだ。
そんなの困る。嫌だ。
嘘だと言ってくれ魔界の恋愛コラムリストたちよ。
端っこのほうに米印をして、あくまで目安ですって書いておいてくれ。頼む。うう。
「百一匹にゃんこにできるかな」
「にゃんこっにゃんにゃんっ」
どんどん増産されていくしょげにゃんこに、タローはキャッキャと喜んでいた。
タロー。
俺は頑張ってカンカンはしたのに効果がなくて、なんだか寂しいぞ。
そうしていると長風呂を終えサッパリしたアゼルが、どこか疲れたように肩を下げ、洗面所から出てきた。
「グルル、意味がわかんねぇ……。トリートメントって、なんであんなに面倒くせぇんだ……? 頭にバスタオル巻いて風呂入るの重い。リンパマッサージとか、あれであってんのかクソが……。パックって瞼開けにくくて気持ち悪い……。風呂上がりにアホほど顔に塗りたくるのは、理解不能だ。なんかテカテカしやがるぜ……女は苦労してんな……」
アゼルはブツブツと呪文のような言葉を吐いて、こちらにむかってくる。
それを見つけたタローが、俺が一面に猫を描いた画用紙を持って、トタトタと機嫌よく走っていった。
「まおちゃーんっ」
「うっ、」
アゼルは突然の子供ミサイルに力加減を間違えないよう気遣いつつ、どうにか抱きとめ、仏頂面で腕に抱える。
そんないつも通りのアゼルだが……。
なんだか全身が、トゥルトゥルしている気がするのだ。
以前より身嗜みに気を使い始めるのはチェックリストの、いやいや。
こうなったら直接聞けばいいだけだ。
モヤっとしたら聞く。
「アゼル、単刀直入に言うが、今日のお前はどうしてそんなに艶めいているんだ?」
「! フッ、鈍感なシャルにしてはよくぞ気がついたな。これは何事もやるなら本気で、って言う俺の信条だ。まぁお前の期待に応えて、ちゃんと生足で全員殺してやるぜ!」
「俺がいつ生足を期待したんだろう」
ムダ毛を処理すれば蹴りの威力が上がるなんて、初耳すぎる。
俺も剃るか。
変化を指摘されてドヤ顔のアゼルだが、自分磨きに気合を入れている理由は、あんまりよくわからなかった。
なにか、頑張ったのだから感想を……ええと……アゼルの足は好きだぞ。
俺のアゼルオススメパーツは、目と足だ。
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