441 / 615
第441話
花道の終わりの斜め前ほどで待つと、アゼルは今までの参加者と同じように、アピールポイントへやってきた。
観客達が歩くたびに揺らめくチャイナドレスの裾の下を、必死に見ようとしている。
けれどアゼルは意にも介さず終わりまでやってくると、腰に手を当て、フンッと鼻を鳴らした。
その見事な見下し顔にギャー! と濁った歓声が巻き起こるのも、想定内だ。
しかし。
ふと訝しげに首を傾げたアゼルと、アゼルを見つめる俺の目が、バチッ! とかちあってしまった。
バレたか? と思った途端、先ほどまでの毅然とした態度が嘘のように、大崩壊が起こり──。
「ひうぇぁぁぁ〜……っ!」
「んっ?」
「「「え」」」
──会場で一番目立つ位置にいるアゼルは、真っ赤な顔を両手で隠して、可愛らしい悲鳴を上げながらふにゃふにゃと倒れてしまった。
(ど……どうしてしまったんだ──……ッ!?)
愕然とする俺となにがなんだかわからない周囲は、口を開けてポカーンとしている。
舞台上のキャットは首を傾げ、ゼオはアチャー、と額に手を当てていた。
小さく丸くなって顔を隠しつつ震えているのはいつもの発作だが、目が合っただけでどうしてこうなるのか。
まさか俺は知らない間に、メデューサの様な能力を手に入れていたのか? バカな。
「よ、嫁に見られたぁぁぁ……ッ! 辛い、恥ずかしい、好感度下がる、一時的に消えたいぃぃ……ッ! でも離れるのはヤダから後で本気出して復活するぜぇぇぇ……ッ!」
瀕死のアゼルは、拡声魔導具が首に巻き付いているのも忘れているらしい。
モダモダと足を僅かにバタつかせながら、いつもは小声の心の声をダダ漏れにしている。
どうやら隠していた女装コンテストを俺に見られていたと知って、羞恥で悶絶しているようだ。
「えっ……!? まさか…………嫁っ!? 嫁に女装癖ナイショだった系なのッ!?」
「女王様が形なしなレベルで恥ずかしがってるわね……有り寄りの有り」
「むしろ胸キュンじゃない」
(ま、まずいぞ、胸キュンされている……)
俺はフニャフニャのアゼルがかわいいとざわつき始めた観客が気になり、困ってしまった。
悶絶を止めたくとも俺に見られてそうなっているのだから進み出るわけにも行かず、オロオロとするしかない。
しかし──そんな時に聞こえた、すぐそばのオカ魔さん達の会話がこちら。
「……ん? 待って! アゼリーヌの嫁ちゃんって──あの乳首調教済みの感度抜群っ子……!?」
「いやァんっ! そうよね!? この会場内に開発されたドスケベな嫁ちゃんがいるってコトなのねっ!?」
これにより、俺は改めて別方向に気合を入れ直し、そっと呟く。
「……なるほど、お説教タイムだな」
そこのお嬢さん達、やめてくれ。
俺はスケベじゃないし調教済みでも、……なくはないが、いったいどうして俺の性能が広まってるんだ……!?
これは非常によろしくない。
深呼吸し、状況を把握する。
なにをどうしてそんな話になったのかは、もう聞かないでおこう。
ただこれ以上プライベートを明かさないように言い聞かせないと、アゼルは拡声モードでなにを言い出すかわからないぞ。
旦那のうっかりは、嫁のうっかり。
夫夫は連帯責任である。
満を持して人混みをかき分けつつ、人が多くて騒がしいのでそれに乗じ、できるだけ身を潜めて花道のそばに近づく。
「アゼル、アゼル」
「! ううぅ〜っ」
「そんなに嫌だったとは気付かず、勝手に来てゴメンな……俺はもう帰るから、安心してくれ」
「ぅあっ……!?」
「でも、今からちょっと叱るぞ」
「──っ! 嫌あぁぁぁ! まだかわいいのてっぺんとってないだけだっ、ふ、フンッ! 今にすげぇかわいくなるのにアホっ! お、俺を捨てるのはまだ早いんだぞ馬鹿野郎ぉぉぉ……っ!」
多少周りがうるさくても俺の声には気がついてくれたらいいな、と思い密やかに話しかけると、アゼルはやっぱり気がついてくれた。
なので黙って勝手に見に来たことを謝ると、アゼルはガーン! とショックを受けた表情をする。
それから「俺の痴態をまた勝手に披露するのは駄目だと言ったじゃないか」と言い聞かせようとしたのだが。
アゼルは真っ赤になって唸っていたのに、突然起き上がり、眉を垂らしながら涙目で睨んできた。
これには俺も焦り、ブンブンと必死に首を横に振るしかない。
「アゼル? あの、アゼル。アゼル待て、なにかしら誤解だ。後な、拡声器のスイッチが入ってるんだ」
「捨てたら酷いぜっ、俺じゃないと満足できねぇ体にしたんだ、酷いんだぜぇぇぇ……っ!」
「スイッチが入ってるんだっ」
更に当然アゼルには拡声魔導具がついたままなので、素のアゼルの言葉が拡散されている。
それはもう大音量で、だ。
ともだちにシェアしよう!