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第442話

「怒って帰るってッ! 別居は嫌だぁぁ……ッ!」 「しない! しない! スイッチ入ってるっ!」  悶絶モードから駄々っ子モードに入ったアゼルは、顔を両手で覆ったまま絶叫する。  オロオロと焦る俺は、ここまであけすけに取り繕うことなく人前で駄々を捏ねられたことがないので、どうしたものかと狼狽えてしまう。  うう、こ、こうなったら俺は帰るしかない。  コンテストどころじゃないぞ。 「……わ、わかった。叱ったぐらいで別居しないし、女装していたからって嫌いにもなっていないから、取り敢えずええと、俺は帰るからな? な?」 「嫌だ離れんじゃねぇぇぇッ」 「んんん……ッ、よし、おいで。じゃあ俺と一緒に帰ろうか? ん? ぅぐはッ!」  一緒にと言った瞬間、アゼルが花道から俺の胸に飛び込んできて、ドスッ! と首を絞められる勢いで抱きしめられた。  下の影にいた俺はペシャンコになりそうだったが、どうにか受け止め、背中をさする。  暴走思考回路を持っている早とちりの名人なアゼルなので、こちらももうコンテストどころじゃないようだ。 「アゼル、アゼル?」 「ぐ、グルル……! 女装趣味なんてねぇんだ……ッ! 俺の全てはお前基準だぜ……ッ!」 「よしよし、恥ずかしさの限界突破中なんだな」  麻痺していた羞恥心が帰還し、フィーバータイムになっている。  抱きついてきたはいいがやはり見られたくないようで、アゼルが首にしがみついて梃子でも顔を上げないのは、ちょっと困った。  仕方なく首の魔導具を外し、ヒョイッと自分より背の高いアゼルを横抱きにする。  アゼルがゴネ始めてからの一連の騒動を聞いて、静まり返った会場内。 「うん。ごめんな、ちょっと通してもらいたいんだ」  ザザッ! と一言で道を開けてくれた観客の間を縫って、出口へ向かって歩いた。  熱狂していた筈の観客達がすぐ道を開けてくれたのは、不思議だな。  おかげでぶつかったりすることなく会場の出口にやってくることができたので、感謝である。  アゼルはその間ずっとひたすら小言や泣き言をツイートしていた。  曰く「もうちょっとでラブリーキングになって名実ともに一番だったのに」やら。 「俺史上最低な姿を他の誰でも構わないのに唯一構う奴に見られた」やら。 「後その服なんだよなんかエロいじゃねぇかチクショウ俺だけに見せろよ馬鹿野郎エロエロ男め」やら、だ。  解読不可能だったので、全てに「うん、うん。また後でな」と返した。  ううん。俺が来たせいで、カオスな状態になってしまったな。  アゼルを驚かせたのも申し訳ないし、コンテストをダメにしてしまったのも申し訳ない。  出口にやってきた俺は、せっかくのイベントを潰してしまった罪悪感から、退室前にクルリと会場内へ振り向く。 「ん……お騒がせして、本当に申し訳ない。この早とちりがちな泣き虫な女王様のかわいい唇は、俺が塞いでおくので──美しいお嬢さん達、どうか許してほしい」 「あぁ〜〜〜ッ!」  せめてもの気持ちとして、かわいいコンテストの会場に相応しい振る舞いで、立ち去ろう。  そう思ったが故のお茶目なセリフだ。  ペコリと頭を下げてから、なぜか更に悲鳴を上げ始めたアゼルを宥めすかしつつ、俺達は激動とカオスの会場を後にした。  ──バタン。 「「「だ、抱かれたいキング……ッ!」」」 「はぁ……アホらしい。帰りましょう」 「? 駄目だ、脳の回路が壊死しているのか? 正式に給与の発生する任務として優勝してこいと言われたのだから、優勝しなければイケないぞ? クソ虫よ」 「…………ダンゴムシが恋しい」  ♢ 「──趣味でも仕事でもないが、コンテストに出ていた理由は教えられない。それはわかったが……トイレに引きこもるのも夜系の惚気も、もうしたら駄目だぞ?」 「……ガ、ガウ」  第三形態のアゼルの背に乗り、ゆっくり魔王城へ向かう道すがら。  予定通りエッチな惚気禁止令を言い聞かせると、アゼルは間を置いて控えめに肯定を返す。  あの後、会場を出てから熱いキスで変わらぬ愛をわからせてやると、アゼルはすっかり復活したのだ。  メイクを落とす為に一旦トイレで下ろすと、アゼルは着替えると言い個室に消える。  しかしそのままメンタルがレッドゲージに達し、また結界にひきこもってしまった。  羞恥や自己嫌悪の極みで一人反省会をするのは、アゼルの昔からの癖だそうだ。  あの手この手で宥めすかして引っ張り出すのにそれなりの時間を有したので、外はすっかり赤く染まっている。  夕焼小焼な空を駆けながらことの次第を尋ねても、アゼルはムスッとして答えてくれない。  このムスッとは恐らく機嫌が悪いのではなく、バツが悪いからだろうな。  不機嫌に不貞腐れたフリをして、言及逃れしようとしているのだ。  アゼルはうっかりやってしまって謝らないといけなくなる程、気まずいのと叱られるのが嫌なので、そっぽを向く。  このように精神年齢中学二年生なアゼルは、こまったさんに見えるだろう。  しかし内心ではオロオロと狼狽し、素直に謝れない性分を恥じているから、気にすることはない。  アゼルは背中に乗る俺に、お出かけ用に持っていたお茶を召喚して出す。  道中生っていた果物を鎌で刈りとって、綺麗にしてからよこしたりもする。  しれっとしながら甲斐甲斐しく世話を焼くので、黙っていても〝ごめんなさい〟と謝っているのだ。  西洋すもものような果物をゴクリと飲み込み、お茶をすすり、ホッと一息。 (うーん……謝り方が本当にかわいいな……)  空の水筒をそーっと回収するアゼルのモフモフな頭を見つめ、内心で呟いた。  どうして初代ラブリーキングになりたかったのかはわからないが、こんなにかわいいアゼルなら、トロフィーは確実だっただろう。  巫女服から普段着に着替えている俺は、うんうんと頷く。  なのでもそもそと動き、アゼルのモフモフな頭に渡しそびれたコインを乗せた。 「コンテストは無効になったが、俺の持点は全部お前に投じよう。俺にとっては、お前が世界一かわいいと思う」 「アゥ、ウオウ、ウォンッ」  魔物の言葉がわからなくても、アウアウと唸るアゼルが転げまわるのを我慢しているのはよくわかる。  やっぱりかわいい奴だと、優しく頭をなでた俺だった。

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