461 / 615
第461話(no side)
「ケッ、なにしてんだよ。ちゃんと本物か確認する。それをさっさとよこせ」
「あぁ〜、わかってるぜ。持っていくから、チビッと待て。そこで待ってろよォ」
「おいコラ言いながらのそついてんじゃねぇよ! ったく、すっとぼけた野郎だ! 立場がわかってんのかわかってねぇのか……」
唸り声を上げるグルガーに、リンドブルム達が賛同して野次を飛ばす。
ガドはゆっくりとした歩みで、ふらふら前に出た。
「クックック、治ってんのは見た目だけ。怪我人のフラつきくらい、許す甲斐性はあんだろうに」
彼は怪我人だから歩くのが辛いとアピールしながら、やや蛇行しつつ進む。
もちろん、怪我なんてかすり傷一つ残っていない。
魔界軍の回復担当は、当たり前のように有能だ。
意外と演技のうまいガドは不自然すぎないよう、書類を渡すまでの所作を遅くしたり、無駄な会話を挟んだりして、リンドブルムを煽っていく。
そうしている間にリンドブルムの包囲網の一番外巻きから、ジワジワと指先一つ動かせない者が増えていった。
異常にはやはり、誰も気が付かない。
声すら上げられないのだから、当然だろう。
アゼルは夜でなければ、気配は消せるが姿は消せない。
今は目立たないようフードを被って、森の中に潜んでいる。
彼の手足のようなものである──血鎌。
それは自分の魔力と血液が原材料だ。
血鎌の先端から滴り落ちる血液は、草の根の影を進む。
一切音を立てないよう、緻密な操作で蛇のように細く伸び、リンドブルム達の外側からとぐろを巻いた。
ガドが引きつける犯人全員の挙動へ、なんでもないように気を配りながら、アゼルは動く。
細く広く魔法を宿した血液を操作しつつ身を隠し、変に刺激しないよう、ほぼノールックで着実に生きた石像を作り出す。
作戦を考えるなんてことが不向き過ぎるガドは置いておき、任務慣れした元・暗殺者のシャルと二人で考えた、大事な役割だ。
当たり前だが愛する妃が『できるか?』と言ってしまえば、アゼルは『誰にものを言ってやがる』としか、返さないに決まっている。
森の影からオニキスの瞳が見つめる先には、挙動に気を配るべきリンドブルムなんて、一匹も入っていない。
隠密スキルは初めから認識しておけば、見失うことはないのが穴だ。
そこを突きアゼルが一心に見つめるのは、タローが捕われる檻に慣れた動きで危なげなく辿り着いたシャルである。
そしてシャルを見つけて、声を出さないよう耐える幼い少女。
今すぐにでも抱き上げてほしいとばかりにシャルが解錠するのを待つ、小さな娘だけだ。
ムスッと厳しげな真顔で腕を組み影に隠れるアゼルは、頭の中ではちっとも穏やかじゃない。
何事もなくシャルが目的に辿り着き、タローが無事でよかったという安堵はある。
だがそれと反比例して沸き立つ怒り──即ち、過激な算段が脳内を占めていた。
見たところ娘は傷一つないが、やはり目を瞑らせて、リンドブルム全員の尾をくびりとるしかない。
魔界の地に染み渡る闇魔力と頗る相性のいいアゼルは、怒りで沸騰した魔力を押さえ込むのに、いつも非常に苦労する。
押さえなければ、近くが揺れてしまう。
小規模な地震の震源地。
だから必死に取り繕っているので表情が固くなり、なくなるのだ。
現在進行形である。
「あー……モテねぇからって野郎に、いいこと思いついたぜ。こんだけいるんだ。もうお前ら同士でくっつけばいいだろォ?」
「脳みそにカビ生えてんのかトンチキが! リンドブルムの雄はガタイがいいんだよッ! 俺らは幼年趣味だッ!」
敏感なガドが膨れっ面のアゼルを察して適当な話題を振り、気付かれる可能性を磨り潰してくれた。
相手は非常にご立腹だが、ガドは構わない。
ロリコンでもショタコンでも、他人の性癖は気に留めないのがガドだ。
兎にも角にもそれ程機嫌がよろしくないアゼルだが、仕事はしている。
ジワジワとリンドブルム達に影縛りの魔法をかけ続け、かつ膨れているのだ。
魔法の使用は呼吸と同じ。
魔王というのはそういう生き物である。
逆に魔王でなければその役割は本来、とんでもなく魔力も技術も集中力も必要なものなのだが──問題なし。
常識のレベル。
このぐらい当然の当然ライン。
それを一人で無茶苦茶に狂わせる男なのに、愉快なパーティーは仲間に対する許容範囲がだだっ広い。
なのでお互いの異常には、全く気が付かなかった。
アゼルに慣れているガドは本人も天才肌なので、なんとも思わない。
チートオチに慣れて麻痺しているシャルだって、確認の意味で「できるか?」と尋ねたのだ。
慣れというのは怖い。
一番自分に慣れているアゼル当人も、これはできて当然の役割だった。
この三人はそういうパーティーである。
正しく愉快だ。
ともだちにシェアしよう!