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第463話(no side)

 シャルの魔法陣によって、タローが囚われていた檻には、子供が這い出るには十分な出口ができた。  怪我はないタローは、自分で出ることができる。  しかしシャルはあえてそうしなかった。 「おいで。大丈夫。後はもう、頑張ったタローがぎゅっと抱きしめられている間に、カタがつくぞ」  誘拐犯への立腹や心配からの安堵を表に出さず、いつもどおりに微笑んで、彼女に両腕を差し出す。  するとタローは弾かれたように檻にから飛び出し、その胸に抱きついた。 「──う……っうぅ、うあああああああんっ!! しゃるううぅぅうぅうっ!!」  その瞬間──ヒュンッと風を切る音と、ザクッとなにかを切り裂く音がする。  人質がいなければ、マテ状態の我慢ならない最終兵器が、自分の部下(・・)の尻拭いを少々過激に終わらせてくれるとわかっていた。 「はッ!?」  タローが大声で泣き叫び、グルガーが驚愕に声を上げるが、既に狂犬は飼い主のゴーを的確に読み取っている。  グルガーの目に映るのは、最早怪奇現象だ。  微動だにしないリンドブルム達の尾が、端から数秒で綺麗に地に落ちていく。  かろうじて見えたのは、赤い刃が角度を変えたり回転したりしながら駆ける、謎の光景。  生え変わると言っても痛覚はある尻尾が切られているのに、誰一人声をあげない。  グルガーと目があったものは、青ざめながら目線で「ヤベェ」と真摯に訴える。 「うぇっ、うぇぇえぇ〜……っ!」 「うん、うん。よしよし。大丈夫だぞ、タロー」  たった数秒で静まり返った場に響き渡るのは、森側へ離れていく幼児の泣き声。  それからそれを慰めつつグルガー達から距離を取る、慈愛に満ちた低めの男の声だ。 「え……。え……?」  自分以外の仲間が動かない状況に理解が追いつかず、グルガーの手からヒラリと解任書が落ちた。  するとその落ちた解任書を、目の前の銀竜がヒョイと拾い上げる。 「悪いなァ? 俺は自分が無理なら他力本願で再チャレンジする、ワガママボーイなわけよ。諦める選択肢ナーシ」 「いや……、…なん、なん……っ!?」  グルガーはもう声も出せない。  血の気が引いていくほどの寒気と共に、言葉を失う。 「ガド、任命書」 「おうさ」  森から歩いて近づいてくるフードの男が、不機嫌そうに言った。  照れくさそうに頬を染めて嬉しげなガドは、拾った解任書をしまい、新しい紙を一枚取り出す。  そして裁判所前で勝訴を掲げるように、ズイ、と見せつけられた紙には、ガドの名前と〝任命書〟の文字があった。  署名欄には見本のような角ばった字体で、アゼリディアス・ナイルゴウン。  ガドの真横に立ったフードに、グルガーの足がすくむ。  冷ややかな怒気が自分へ当てつけられて、刈り取られなかった尻尾が、へなりと地面で震えた。 「紹介します。ガドくんの愉快な仲間その一、鞭担当の魔王です」 「チッ……愉快な魔王の命令だ。空軍長官をやれ、ガド。これに異論があるやつはつまり、俺に喧嘩を売ってるわけだが──……今からここは、大人の話し合いだぜ」  そのセリフと共に、シャルは泣きながらしがみつくタローを自分の胸に抱き寄せ、目を塞ぐ。  ガドは二人を万が一のとばっちりから守るべく、ぴょんと後ろへ飛び退いた。  威圧感でブワッと吹き飛んだフードにより、あらわになったご面相は、軍魔を志すならば知らないはずがない。  グルガーは確実に痛い未来を思い、ほろりと涙を流す。  そっと心の中で「ワガママ言える相手じゃないだろ……」と呟き、さめざめと泣いた。

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