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第485話(sideゼオ)

 ──同刻・陸軍訓練場にて。 「だァかァらァッ! 今俺らは訓練と言う名の燃焼サッカー中なんだわッ! コート上ふよふよされっと苛つくだろうがッ!」  目じりを吊り上げ顔を怒りで真っ赤にしながら青筋をたてるリューオが、フシャーッ! と威嚇する。  それに相対するのは、水溜まりであったり風の塊であったり、耳の長いものであったり小人であったり、まちまちの生き物だ。 「えー? 俺ら、ふよふよしてないもーん。王に命じられて捜し物中なんだよ〜、なー?」 「そうそう。なー?」 「なー?」 「なー? じゃねェわけよクソ液状生命体共がッ! 武装不定形共に用はねぇっつってンだって察しろやッ!」  鎧をまとったその生き物たちは、リューオの怒りもなんのその。  おかげでリューオと彼を応援する陸軍の軍魔たちは、苛立ちを燃え盛らせて野次を飛ばす。 「そうだそうだッ! やっちまえよリューッ!」 「今こそ脳筋勇者の仕事をするべきだぜリューッ!」 「キレ芸人の見せどころじゃんリューッ!」 「よーし魔族連中から叩き斬ってやるからそこ並べやオラァ!」  しかしながら、あの陸軍長官にしてこの陸軍軍魔あり、だ。  猛獣宛らの目つきで身の丈を越す大きさの聖剣を振り回す勇者に、ギャーッ! と悲鳴を上げて逃げていった。  陸軍の軍魔たちは軒並み軽率で遊び好きの、チャラついた者が多い。  聖剣を振り下ろした場所でズゴォンッ! と地響きがしたかと思うと、訓練場の地面にヒビが入った。  犯人である勇者はケッと鼻で笑う。  この流れは残念ながら、日常茶飯事。  このアホ共を長官もろとも纏めている副官──ゼオは、盛大に舌を打つ。  日常的ではないのは、彼らのそばでふよふよとまとまって浮かんでいる者たち。  半液状化した水精霊や風を纏う風精霊だ。  そしてその肩に乗るのは、伝令役の手のひらサイズな妖精たちもである。  鈍色の鎧で身を包んではいるものの、魔族より弱いので魔界ではあまり見かけない。  掴みどころのないフワっとした性格の面々は、確か──精霊王が連れてきた護衛部隊だろう。  姿形が様々で異形の多い魔族と違い、精霊族はあまり素っ頓狂な見た目の者はいないのだ。  それでも各属性の特徴を持つ自然の生命体故に、あぁいった容姿をしている。 (あぁ、めんどくさい。早番の巡視から帰還後、各部署へ書類の提出を終わらせて疲れているというのに……俺を煩わせて仕事を増やすなら、今すぐ全員野垂れ死ねばいい)  こう見えて仕事には忠実で自分ルールは遵守するゼオは、その仕事を増やす光景に内心で呪詛を吐く。  陸軍基地へ戻ってきて見つけたこの状況には、つい冷たい空気を滲み出しそうになっても許されるはずだ。  ほんのちょっと目を離した隙に、自分の部下がまたもや遊び始めている。  それだけに飽き足らず、面倒な来客に絡んでもいると言う、目の前の事実。 「はー……サッカーがいつから訓練になったんだ? バカ共が……」  まったく。  騒動の収束が面倒だから、全員氷漬けにしてやりたい。  いざこざを取り締まる側の軍が、なぜいざこざを起こしているんだ。単細胞すぎる。  不幸中の幸いとして、それをまとめるべき陸軍長官は本日は通常出勤だ。  なのでまだ基地に帰ってきていないのは救いだろう。  アレがいると更にややこしい。  まとめなくていいから掻き回さないでほしいと言う、切実な願いが込められている。  まぁ長官がいないなら、あの馬鹿げた喧嘩を取り締まるのは副官のゼオの役目だが。 (……見てるだけでめんどくさい)  あぁ、部下が軒並み中指立てて、クソガキみたいな煽り文句を言い始めている。  それを受ける護衛部隊側も、わざとなのか本気なのか、間延びした口調で煽っている。  殴り合い寸前だ。  ゼオのため息は深まるばかり。 「心底ダルいな。いっそ魔王様が丸ごと焼いてくれればいいのに……めんド、クサ、イ」  悪態を吐きながら、ゼオの身体が指先から順にバタバタバタッ、とコウモリの姿に変わっていく。  それは、ゼオの形態変化の一種だ。  ゼオはハーフヴァンパイアであるからこそ、昼も夜も関係なく活動的なコウモリたちに、変化することができた。  数もサイズも自由自在。  本体はあるが、一匹一匹が本物のゼオ。  ゼオは個々に別の動きをさせることができるくらい、分体の操作がうまい。  それ故に連絡係として、そしてそれを兼ねた部隊の管制塔として、副官に上り詰めた。 『ヤワラカイトコ、カム、ヨ?』 『クビスジ、イチゲキ。ネ』 『ウチノバカ、ゼンイン』 『ゼンイン? コロシテモ、イイ?』 『ダメ。メンドウ』 『オシオキ?』 『ソウ。デモ、タベテイイ』 『イイ』 『イイ。ワリニアワナイカラ、ネ』 『キキキ。イク』 『イク』  目的を共有して、一斉にパタパタと飛んでいくコウモリたち。  自分を幾匹にも分けて考えることで、脳がこんがらがることもないのだ。  アホな部下たちの血を吸ってやろうと、優秀な全匹が空へ舞い上がった。

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