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第78話(sideアゼル)✽
「返ってきた……俺の愛する人は……アゼル……この気持ちだけは俺の、真実…」
そう言って意識を失ったシャルに駆け寄り、俺は血だるまの身体を抱き上げてどんどんと血の気を失っていく愛おしい顔ばせに手を添える。
誰もが恋する絵画によって心変わりしたようにしか見えなかったシャルの今際の際の声は、とびきりに穏やかだった。不安な事なんて一切ないような、安らかな声。
そして安らかに、真っ白になっていくシャル。
まるで──死んでしまうかの、ように。
「シャル、シャルっ、な、なんで、どうしてだ…ッ!?ああ、ああ、ああ…っ」
大量の出血で急速に意識を刈り取られ色をなくしていく最愛の人に、俺は懸命に回復魔法を使おうと闇の魔力を纏わせて治療するが出血を止める事しかできず、シャルの分けられた体を元に戻してやる事ができない。
呼吸も、言葉もままならない。
だって、だって、俺の、俺の唯一の人が、愛おしい人が、手も、足も、バラバラだ。
あれ、あれ。どうしよう?
「シャル、あああ……シャル……どうしよう、シャルが動かない、元に戻らない……どうしよう、シャル、起きてくれ……助けてくれ、たすけて…」
いつも俺に優しく触れる手が、あんな所に転がっている。
洗面所の隅で一体何をしているんだ?そんな所じゃ、俺から遠くて手が繋げない。
結婚指輪のハマった指が、どうして左手にないんだろう。
左手に薬指がなければ、在るべき所に帰れないじゃねえか。
お前が俺に歩み寄る度に、俺は嬉しくて笑ってしまいそうになるんだ。
なのにお前、足を片方どこへやったんだよ。
「……シャル……シャル……」
お前の血で赤く染まった手で、雪のように白くなったお前の頬を撫でる。
いくら名前を呼んでも、お前は目を覚ましてくれない。胸の鼓動が少しずつ弱くなっていく。俺の鼓動を分けてやりたい。俺の命を削ってなすりつけて。
きっと、誰かの報いがやってきたのだ。
俺があまりに簡単に人を殺したものだから、俺の愛する人はこうして透明になっていくのだ。
俺の体をしとどに濡らすシャルの血はとても暖かかった。芳醇で甘い香り。美味しそうなお前の香り。ああ、くらくらする。頭が奥の方から腐り落ちていくようだ。
こんなに暖かいのだから、冷たくなったりしないよな。
だって、だって、シャル。俺は、俺はお前が好きだ。お前がとてもとても好きだ。離してやれない位好きだ。大好きだ。愛している。
「シャル、絵画は壊した。……シャル?…ちゃんと聞けよ……なあ、お前の好きな人を、俺は壊してしまった。だから、怒ってんのか……わかった……我慢、する……わがまま言わねえから。……早く起きろ…?…シャル……シャルー…?」
ぐったりとしたまま動かないシャルに、俺は語りかけ続けた。
自分が何を言っているのかは、とっくにわからなくなっていた。
暴走する魔力はもう歯止めがきかなくなり、俺とお前の部屋がドンドン崩れていく。俺とお前の二人で過ごした大切な部屋の筈なのに、俺が壊してしまうのだ。
俺がシャルを離してやれなかったからお前が目を覚まさないなら、お前をちゃんと解放するから……だから、お願いだ。
もう一度目を覚ましてくれ。
シャル、俺は、お前が、いない、と。
「あ、ああ、あああ、ああああああああ」
目の前が真っ暗になっていく感覚に抗えず身を委ねる。
言葉とは裏腹に、俺は死に向かって行くシャルの体を離す事はできなかった。
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