510 / 615

第510話

 ──翌朝。 「まおちゃん〜っ、おっきなわんわん来たのっ? がぶってされたのっ?」 「その話はするんじゃねぇタロー。速やかに忘れろ、昨日の記憶を全部忘れろぉぉぉ……ッ!」  身支度や朝食を済ませて、仕事着に着替え終わっている万全のアゼルがふにゃりと崩れ落ち、タローの慌てた声で小さく丸くなる。  そんなアゼルにタローが駆け寄ろうとしても、半透明な結界に阻まれ半径一メートル以内に入れない。  言わずもがな、アゼルが引きこもる時の防御結界だ。  結界を不思議そうにペシペシ叩くタローと、せっかく用意を整えたのに丸くなるアゼル。  カーキのシャツにフォーマルなベストとスラックス姿の俺は、ふむと考え込む。  もちろんシャツのボタンは上まできっちりだ。袖も留めている。  コレの原因も二人の様子も、言わずもがな昨晩のへべれけ魔王事件リターンズの結果だ。  端的に言うと──アゼルはラウンドツーをゆるへらワンワンと楽しんだ後、すぐに寝落ちをしてしまってな。  満身創痍の俺がアフターケアを頑張った。  タローの様子を見て、普通に眠っているのを確認してからほっと一息。  足腰立たないママ、ではなく男なのでパパは、大きな子犬のお世話だ。  寝たアゼルの服やアクセサリーを取り除き、隙を見せると丸まって本当の犬のように眠ろうとするのを、どうにかこうにか綺麗に洗った。  いつもの寝間着くらいなら、寝ているアゼルを転がしつつどうにか着せてあげられる。  警戒心の強いアゼルだが、俺の気配で起きたりしない。  睡眠時に俺がいるのが当たり前だからだ。  後は身体強化をかけて横抱きにし、節々の痛みにややぎこちない歩みだがベッドまで運ぶ。  約束通りタローと俺の間に挟んで寝かせると、アルコールパワーで普段は綺麗な寝顔がにへ、としたかわいいものになっていた。  確かに、俺は全身ギシギシとままならなかったし、昼間もいろいろとあったので、疲れている。  そんな時に、酔った旦那さんが帰ってきて甘えてくるのは、大変かもしれない。  だけどそう言う寝顔を見ると全部まぁいいか、と思ってしまう。  結構、俺はチョロい、かも。  お疲れ様とおやすみを言って、静かな夜はのんびりと過ぎていった。  俺としてはハッピーエンドで、もうなんの問題もない。尻も裂けなかったしな。  ──が、おはようの現在。  バッドモーニングなアゼルは問題だらけの記憶に朝から思わず遠吠えをして、以降結界の中で食事や仕事の準備をしていたのである。  ちなみにタローはアゼルが昨夜の巨大狼、基本人に怯えてこうなったと思っているのだ。  自分もそうだから気持ちはわかると慰めにかかるタローだが、昨日のそれはもう忘れてあげてほしい。  お前を怖がらせてしまったのも、引きこもりの理由だからな。 「だいじょぶだよ、まおちゃんっ。わんわん、しゃるめってしたっていってたよ~!」 「グルルル……! 馬鹿野郎っ! めってされたワンワンはなぁ、反省せずとち狂った解釈して駄々を捏ねて、諦めんなとか告白しろとか褒めろとかうぐぐぐあおおお……ッ!」 「わ、わんわん悪い子ちがうよってしゃるゆってた、わんわんも好きだよってゆってたのっ! 悪いわんわんもういないよ~?」 「むぁ!? わ、ワンワンだってシャルが好きだぁぁぁ……! 告白は断固断れとか、俺以外に抱きつかれるなとか、俺が一番お前が好きだとかぁぁ……! もっと言いたいことはあったのに、不味い水のせいで……ッ!」 「うにゅぅん……。しゃるー! まおちゃんだんごむしなったー!」  顎に手を当て、今度はどうやって結界から出そうか考えている。  すると結界を叩いていたタローが振り向き、俺にヘルプコールをした。 (うぐ、本当にどうしようか……)  効果があるかわからないが、祖母宅で飼っていた黒い犬が小屋から出てこない時の方法しか思いつかない。  悩みつつも放置はできず、タローの傍に行き、顔を見合わせる。  こうなったら物は試しと、俺はどうにかアゼルを復活させることにした。

ともだちにシェアしよう!