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第511話
◇
ワンコ属性の魔族や人間にではなく、本物のワンコにしか効果がないだろうと、効果は期待せずに決行してみたこの作戦。
『アゼル、俺は全く気にしていないぞ。わんわんはいい子だった。だからほら……一緒に仕事に行こう? 玉座の間まで送るから、それまで手を繋いで行こうな』
『! し、仕方ねぇ、……ハッ! うおおおおぉぉ無理だぁぁぁあっ!』
『だ、駄目か……仕方ないな、わかった』
再度普通に声を掛けてみたが、筋金入りの照れ屋なアゼルである。
やはりなにかきっかけがないと、出てこれないようだ。
なので俺は祖母宅の犬を思い出し、タローにひっそりとアゼルを見ててくれと頼んでから、くるりと背を向ける。
それから特になにも言わずに扉へ歩くと、いつも通りの自然体で廊下へ出て、パタンと扉を閉めた。
当てもなく廊下をトコトコと歩きながら、上手くいくかとドキドキしてしまう。
廊下の端に来て窓の外を眺めると、朝早くから空には軍魔たちや空飛ぶ魔族が飛び交っている。
浮遊する騎士や、水の塊のような生き物まで様々だ。
「んん、これでしばらくすると祖母の飼っていたあの犬なら、無視されたのが嫌で着いてくるんだがな……」
来なければ俺がただ寂しいだけの作戦、自信もあまりない。
それがこの〝先に行ってるよ作戦〟である。
まんまと言うのは知っているから、御容赦を。ネーミングセンスは壊滅的だ。
別にアゼルが気になるくらい素っ気なく出てきた訳ではないし、今回は雪だるまを作るあの歌も歌っていないからな。
だからこそ特に勝機はないので、俺のほうが気になって、我慢できずに戻ってしまうかもしれない。
(……いや、やはり一旦戻ろうか……?)
普通に考えるとアゼルは犬ではないので、意味がない筈。
俺と言うのはいつもこう、どこか抜けている。
既に残してきたアゼルとタローが心配でそわそわし始めた俺が、部屋へ帰ろうかと振り返った時だ。
──ムギュッ、と温かな体温。
「ん?」
「…………」
「しーしてから、ぎゅー! 成功だねっ」
突然力強い腕にキツく抱き寄せられ、思わず間抜けな返事をした。
そして嬉しげにふふんと笑う、悪戯っ子めいた幼い声。
どんどん魔王様に似ていく、愛しの娘の声だ。
ぼんやりと考え事をしながら外を眺めていたからか、全く背後の気配に気づかなかったぞ。
「アゼル、タロー。大成功だな、気付かなかった」
肩ごと抱きしめている腕に手を当てて首だけで振り向くと、そこには案の定、素敵な親子。
グルルと唸りつつ居心地悪そうに不貞腐れたアゼルと、アゼルの肩の上でにへらと得意げに笑うタローがいた。
「ふふふ〜でしょ〜? まおちゃんがしーして歩いていくからね、私はしゃるの言いつけどーりに、まおちゃんを見てたんだよ! そうしたら肩車してくれた〜」
「そうか。偉いぞタロー、ありがとうだ。アゼルは追いかけてきてくれたんだな、嬉しい」
「………べ、別に。俺にどこに行くかを言わないで勝手にどっか行くから、お前が悪い。俺には知る義務があるだけだ。俺が俺だからな、それだけだぜ。寂しくなったわけでも、そわそわしたわけでもねぇ。本当だっ! 手をつないで出勤の約束破りを咎めに来たんだ、馬鹿がっ」
「おっと」
あんなに引きこもっていたのに、うっかり追いかけてきてしまったのが恥ずかしいらしい。
アゼルはツンツンと言葉を紡いだ後、返事を返す前に俺の体を片腕で抱え上げ、さっさと部屋に運び始める。
腕と足がブラブラしているぞ。
まさか荷物扱いじゃないか?
けれど俺を抱える腕はぎゅうっと力を込め、決して離すまいとした力強さだから、冗談でも荷物扱いなんて思えないんだけどな。
「ん……ふふふ、本物のわんこさんかもしれない」
人一倍照れ屋で引きずるくせに、放置されて寂しくなるとつい出てきてしまうなんて。
俺のワンコな旦那さんはかわいい。
この対処法は、リューオやライゼンさんにも言っておいたほうがいいかもだ。
俺の話をたくさんされていた仕返しは、こんなエピソードでもいいだろう?
「グルル……別に俺はお前以外にはうっかり犬系対応化しないし、お前以外なら追いかけたりもしないってこと、いつまで経ってもちっともわかってねぇシャルめ……っ!」
「? まおちゃんわんわん?」
「……アォン」
十四皿目 完食
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