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第516話(no side)

 ◇  さよならさんかく、またきてしかく。  しかくがなにかは人それぞれ。  人のしかくがわからないから、世界はまるく収まらない。  さよならさんかく、またきてしかく。  忘れたさんかくはどこへ行くのか。  さんかくと交わしたさよならを、きっと世界は忘れている。  さよならさんかく、またきてしかく。  あちらのしかく、こちらのしかく。  どちらも正しくしかくなのに、しかくはこちらといがみ合う。  さよならさんかく、またきてしかく。 「さんかくが哀れでならないなぁ……お前に近付く資格が欲しくて、ひと角の王冠をかぶったのに……お前の隣には、別のしかくがいるなんて」  水晶で飾られた美しい城で、王座に座る一人のしかくがぽつりと呟く。  しかくは笑っているが、どこか寂しそうだ。  自由な精霊の世界で不自由になることがあるなら、それは心だけだからだろう。  彼を見つめるいくつもの瞳が、同じく悲しそうに伏せられる。  愛する人が、敬愛する王が、ひっそりと育んだ愛を突然突き放されたのだ。  これが嘆かずにいられるのか。  王が王になってから、そう簡単に城から出られなくなった。  司祭であった五年前より以前は風に乗って会いに行けたのに。  もっと傍へと望んだ地位は、年に一度と制約を付けた。  そうしている間に、気がついたら奪われていた。これはそう言う恋だった。 「王、どうして奪い返さない。元々こちらのものじゃないか。どうして魔王にいちいち儀式の詳細を教えるんだ。神がなんて言うか……」 「ジズを、か? んー……だってな、きっと怒るから。もちろんだめだったらこっそり返してもらうけどさ、俺はみんな仲良くしたいからさ。一応、家族で来いと言ったんだ。説明すればわかってくれるぞ? アゼリディアスは優しい」 「王、それだと妃も来ます。二人でいるところを見たら、あなたは傷つくのでは?」 「そんなの、……まあ、別にいいんだ。俺なんて、愛されないものだ。好きになってもらえるように頑張ってみるけれど、難しいと思うからさ」  よく似た容貌の男が二人、我慢ならずに声をあげた。  黒い男は静かに怒り、白い男は悲しむ。  それでも王は無理に笑うだけだ。  周囲から嘆く視線が溢れる。  魔族が魔王を愛するように、精霊族は精霊王を愛する。  ──なんて不自由な世界だ。  そう思ったのは少し離れた位置でその様子を見ている、青みがかった白髪の男だった。  豪奢な壁にもたれかかり、腕を組んで無感動に見つめる。 「まるで茶番だ」  それもとびきりつまらない。  銅貨の欠片もボッタクリだ。  半端ななにかと、してやった見返り。  期待の裏切り。  行動しなかったくせに自分を哀れむくらいなら、殺される為に生まれた少女を哀れめばいいのに。  せっかく逃がしても、こうして運命に呼ばれた命を。  さよならさんかく、またきてしかく。  なくした穴を埋めるカタチがまるだとしたら、尖ったお前が間違いだ。  尖った見返りがないと傷つけるなら、まるくなれやしないのだ。 「……心のカタチの戦争、クソみたいな茶番が始まるぜ」  何者でもなく何も持たず何も残せないが、誰よりもひたむきに愛するカタチ。  対等な地位を得て純粋な愛と理由を持つ、誰よりも正しく相応しいカタチ。  そして血の繋がらない家族を守るために、それを妨げるものを踏みにじる覚悟があるのか。  はじめよう。  ──愛情争奪戦だ。  序話 了

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