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第522話
しかしこのイタチ、江戸っ子口調なのはなぜだろう。
生まれてこの方、イタチと話すのは初めてなので、これが普通なのかわからない。
どことなく瀕死の様子でヘロヘロと現れたにしては、コミカルで元気な小動物である。
「失礼ですぜぇ旦那がたぁ。俺ぁイタチでなくイズナでい! そこんとこ大事なもんで、しっかと胸に刻んでおくんなせぇよぉ!」
ビシッとポーズを決めるイタチもどき。
もとい、喋るイズナ。
(……ちょっとかわいいぞ……)
逆転ホームランで癒された。いい子だ。
ウンウンと頷く動物好きの俺と違い、リューオは特にモフモフ贔屓ではない。
リューオはイズナがピンと来なくて、怪訝そうに小首を傾げる。
「イズナァ? ンだそりゃ。どう違うんだよ。つか生意気な小動物だなコノヤロー」
「イズナというのは、食肉目イタチ科イタチ属に属する哺乳類だな。一応地球では最も小型の肉食獣にあたるのだが、寒い地域に住んでいるはずだぞ」
「日本で言うとどのへんだよ」
「北海道や青森など、東北地方だな」
「へぇ〜」
「冷静に俺を分類しないでおくんなせぇっ! ホッカイドーとかアオモリってのはなんでぃ! 聞いたこたねぇやっ」
普通の動物扱いされたのが気に食わないらしいイズナは、身振り手振りでキュウキュウと抗議した。
ふむ。小動物はなにをしてもかわいいだけだな。っと。それはさておき、イズナの目的か。
目線を合わせるためにしゃがみこむと、小さな黒い目と目が合った。
意思の強そうな真っ直ぐな目だ。
ツヤツヤとしてかわいらしい。
「こんにちは、イズナ。俺は大河 勝流、シャルと呼んでほしい。お前はどうして俺たちを引き止めたんだ?」
「ハッ! おっといけねぇ、忘れてたぜぃ……! ええと、フラフラぷきゅー」
「!」
なるべく友好的に声をかけたつもりなんだが、どうしたことかイズナは突然力尽きたようにその場で倒れてしまった。
ステンッ! と足を滑らせ、地面に仰向けになっている。
ついさっきまで饒舌に話していたのに倒れてしまうなんて、病気だったのか、怪我をしているのか、とにかく普通ではない。
なんてことだ。
俺は動物のお医者さんではない。
(ど、どうしてやればいいのかわからないぞ……っ)
クルリと目を丸くした俺はオロオロと狼狽した。
アゼルから貰った大切な秘蔵のポーションを取り出して、イズナの口に垂らす。
「ど、どこか痛いのか? ほら、ポーションだぞ。魔物に効くのかわからないが、俺の旦那さんがくれたとってもいい薬だ。飲んで治そうっ」
「モガッ! モガモガ、ブハッ! てやんでいっ! 溺れっちまわぁ! ホントに死んだらどうするんでさぁっ」
「あぁっ、すまない、えと、ええと、」
俺の腕に抱かれたイズナがポーションを吐き出して牙をむくので、慌てて引っ込めた。
うう、そしたら俺のできることはもうないぞ。
回復魔法は使えない。万能薬 も手持ちにないのだ。
頭上からリューオの呆れ果てたため息と視線が突き刺さるが、それに構っている余裕はない。
眉をへにょりと垂れさせる俺に、イズナは目を閉じたまま濡れた口元をモソモソと動かした。
「あーあーお腹が減った、お腹が減ったぜー……。さっき仕留めていたオーガディアーの肉を俺にも食べさせてくれるなら、すぐに元気になるのになぁー。あーあー。ひもじいなぁー」
「んっお腹が減ったのか? よし、よし、離れに一緒に行こう? お肉パーティーに混ざればいい。怪我や病気じゃなくて良かった。お腹いっぱい食べていいぞ。な?」
「!」
ぼやきによると命の危機なのではなく空腹なだけだったようで、一安心。
食料を分け与えようと笑って言えば、イズナはなぜだかキョトンとして、黙ったまま俺を見つめた。
「アーアーもうゼッテェこうなると思ったわッ!」
それに首をかしげて声をかけようとした時、すぐそばで静観していたリューオがやさぐれ気味に叫ぶ。
こうなるってどうなると思ったんだ? 行き倒れの予知か? と尋ねると無言でスパコンッと殴られる。
慣れているから構わない。
言外にアホと言われただけである。
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