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第562話(sideキャット)

「チッ!」 「ひっ……!」  すぐに腕を巨大化させ、タロー様の盾になるように周囲を探る。  短い悲鳴が上がり、タロー様は俺の目の前の床を見て、酷く脅えていた。  その視線のおかげで敵の位置がよくわかる。 「風、潰せッ!」 「爆破しろ」  ドゴンッ! と床を魔法で押しつぶすと、それを押し返すように床板が不自然に盛り上がり、大きな破裂音が鳴り響いた。  爆煙が吹き上がり、周囲が一瞬曇る。  俺は素早く翼をはためかせて風で爆煙を散らし、タロー様に粉塵が飛ばないよう守った。  攻撃のおかげで、気配はある。  殺気ごともう捉えた。絶対に逃がさない。 「上がれッ」 「下がれ」 「穿てッ」 「弾け」 「風槍百連撃ッ」 「霊弾乱舞」  こちらに向かってくる気配に対して風の槍が襲い掛かるが、同じく淡い紫の弾撃が、俺の攻撃を打ち消す。  俺が放った魔法に間髪入れずに攻撃を返され、未だ一発も当たっていない。 (クソッ、おかしい……! 普段より威力がない、魔力消費が激しい……!) 「能力低下空間なのか……!? 切り裂けッ!」 「チッ、燃えろ。そのとおりだよ、金牢王獣。俺の世界は自分以外に強制的なバッドステータスを付与する。でないと空軍のナンバーツーに対して、優位に立てるわけがない。爆ぜろ」 「打ち消せッ! 優位なんてっ、大きく出たな! 不法侵入者に遅れを取る俺じゃ、ないですから……ッ! 舞えッ! 狂えッ!」 「ッぐぁ……!」  俺を侮る声が木霊し、隙を見て強い言葉の魔法を放つ。  乱舞する風の刃が狂ったように室内を飛び交い、逃げ場のない影に向かって切り込んで行った。  ザシュッザシュッ! と鈍い音がして手応えを感じ、呻き声を上げた敵が、ようやく姿を見せる。  黒く長い髪を靡かせ、俺と同じ軍服のようなデザインの黒衣を纏った、長身の男だ。  目鼻立ちの整った顔つきは、魔王様に似た系統に感じる。  仕立てのいいマントを揺らし、彼は俺を睨みつけていた。 「……せっかく穏便に済ませようとしたのに。やはり魔族は信用ならない。血の気の多い、無神論者共」  クリアに聞こえたバリトンボイスは、俺に対して怒気を孕んでいる。  すると彼の姿を見た背後のタロー様が、ギュッと二体のパペットを抱きしめ、震える声で呟いた。 「ぁ……声……っうおうわん……さま……」 「うおうわん? ……精霊王様の側近、軍事の右王腕ですか? つまり貴方は──ジファー・ヨルィオ……?」 「チッ……さぁね」  不機嫌な舌打ちを受け、ビクッとタロー様の体が震え上がる。正解なんだろう。  ジファー・ヨルィオ。  俺の知識が正しければ、左王腕であるセファー・ヨルィオの双子の弟だ。  あぁもう、頭が痛くなる。やめてくれ。なんでそんなことをするんだよ。最低最悪な展開。 「軍事のトップである貴方が出てくるということは、精霊族は、国ぐるみで魔族の城に不法侵入する大罪を犯しているッ! いったいなにをしようとしているんですか……ッ!?」 「……っそ、それは……わた、わたし……」  俺は悲鳴のように叫んだ。  予想がつく理由を認めたくなくて、他国の重鎮に対し、無礼にも威圧を出す。  震える声でタロー様が口ごもる言葉は、わざと聞こえないフリをした。  ジファー様は俺の攻撃で受けた傷を自己治癒させ、鋭い視線を向ける。  その視線の先は俺ではなく、タロー様だ。 「罪なもんか。その娘──ジズは、精霊族の存亡を担う、供物だ。俺が不法侵入者なら、お前達魔族は泥棒だ。取り返しに来ることが、おかしいことか?」 「っ」  淡々と告げられる言葉に、ドクン、と心臓がざわめく。

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