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第563話(sideキャット)

 俺の中に、狙いがタロー様である可能性は浮かんでいた。タロー様を連れ戻そうという、そういう目的である可能性だ。  それが自国の民を迎え入れるものであれば問題なかった。  精霊族は排他的な代わりに、同じ種族の者は大切にする。  だけどジファー様の様子は、そうは見えない。  助けてとも、戻るとも、タロー様はなにも言わない。言えない。俺の後ろで震えたまま、俯いている。 「副官、わかるだろう? それは魔族じゃない。俺は精霊族の高官。抵抗せずに渡してくれ。お前たち(・・)は傷つけずに元の世界へ返すと誓おう。両国の盟約にも、誓っていい。空軍長補佐官、理性的に考えろ? 国にとってどちらがいい選択だ?」 「……っ、事情はわかりませんが……正しいことは、わかります。貴方の言うことは、正しい。正解だと思う」 「そうだ。賢いじゃないか」  彼の提案を受け、俺は空軍の二番手として、思ったとおりに答えた。  こういうということは、精霊族は魔族の敵ではない。同盟国としての立場は変わっていないのだろう。  だとすれば、魔王様たちの状況もわからない今、俺が彼に反目することは許されない行為だ。 「貴方の望みは……タロー様、だけですね?」 「…………」  そっと広げていた翼を体を抱くように収め、俺はタロー様を背に乗せた。  彼女は抵抗しない。パペットを抱きしめた手ではないほうで、俺の肩に手を添える。  この人をこのまま彼の元へ運び渡せば、俺は愛する魔王城に戻れる。なんら変化のない日々を送れるのだ。 「あぁ。俺はただ、それを返してほしい。俺の任務は、それを連れ帰ることなんだ。でないと俺は、王に気づいてもらえない」  溜息を吐くジファー様は視線こそ俺の後ろに時折向けるが、それは逃げ出さないか確認しているだけで、瞳は冷たいまま。  タロー様に意思確認なんてせず、まるでただの無機質な人形を見るようで、俺の胸のざわつきが激しくなった。  ゴクリと唾を飲む。  俺の脳裏に浮かぶのは、旅立つ前に俺を世話係に任命した時の、魔王様の顔だ。  心臓の音が大きくなり、耳の奥から木霊した。時が止まったように感じる。 『キャット、お前はタローの世話係二号だ。なにも特別なことはねぇ。いつも通りの不遜で必死なままでイイ。ただ、傷一つつけるなよ?』  ──あぁ……魔王様。  俺の主。  そしてタロー様の父の一人。  この魔王城の皆様が大好きな俺は、もちろん魔王様もよくよく見ている。  あの人は能力が、外側が最強だから、人に頼らない。  その強固な外側を柔らかく崩し、むき出しの心に〝おいで〟なんて笑いかけられるのは、シャル様だけ。  シャル様がいなければ、笑うこともできないんですよね。  それだけ大事にしているから、シャル様だけを見ている、ように見える人。  シャル様への愛情が大きすぎて、多くの人は気づいていないのだろう。  俺も、『お前、空軍長補佐官をやれ』なんて直々に命じられて、初めて気づいたこと。  貴族出身で魔力が多いだけで、気も強くなければすぐに迷い、悩む、弱い男を、どうして貴方の大切な家族の一番そばに置いたのですか?  ふらりと消えて帰ってきた貴方が、突然直々に選んだ幹部。  元々の幹部にも劣らず、クセの強いように見える彼らが、どうしてみんなあんなに強く、輝いて見えるのか、不思議でならなかったんです。  何人にも興味がないのではなかったのですか。誰も近寄らせないお方では。冷たく、暗く、静寂の月。  そんな貴方は、魔王であることに嫌気が指していたでしょう?  なのに──捨てようとは、思わなかったのですか?

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