565 / 615
第565話(sideキャット)
「にゃんにゃん、勝てないよ、負けちゃうよ……っ」
『いえいえどうにかして見せますとも! く、空間支配の対処法は、ええと……っ!』
辺りが見えない爆煙の中。
泣き出しそうな声で首を振るタロー様に、俺は無策でとにかく明るく大丈夫と言って見せた。
(空間支配、空間支配……っそうだ!)
思い出したのは過去の記憶。
昔の話だが……空間支配を使う敵と、魔王軍がぶつかったことがある。
その記述は、ガド様が俺に嬉しげに勧めてくれた歴史書に書いてあった。
なぜ勧めてくれたのか理由は忘れてしまったけれど、魔王様に借りたのだと言って差し出されて、俺は緊張モードのまま、嬉々と受け取った。
空間を支配されてしまった時は、魔力や魔法で空間ごと吹き飛ばすか、能力が使えないほど相手を消耗させればよかったはずだ。
しかしタロー様がいる状態では、空間を吹き飛ばすわけにはいかない。
能力低下のバッドステータスを考えても、失敗したら詰みだろう。
となれば、俺はどうにか精霊族の軍事のトップをタロー様を守りながら殺す、は無理だから弱らせなければならないのだ。
(クソ、無茶ぶりすぎるぞ……!)
でもやるしかない。
飛べもしないし風属性のフィールドでもないここで、俺にできることをする。
考えがまとまってきた頃。
蔓延していた爆煙がじょじょにおさまりを見せてきた。
『タロー様、しっかり捕まっていてくださいね! どこから来るかわかりません。向かってきたら、狭い室内を逃げ回らなければならないのです。防壁を張っているとはいえ、振り落とされるかも』
「だ、だめだよにゃんにゃ……っ! ぐるぐるしてる、きっとだめ、私をわたさなきゃ、まおちゃんが……っ!」
『大丈夫です! 魔王様は動けないだけで、きっと負けてはいません! それに供物だとかなんだとか、わからないまま戦争をすることもないと思いますよ。舌を噛まないように、口を閉じていてくださいね』
せっかく捉えた気配がまた消え去るのを感じ、警戒しながら矢継ぎ早に言い含める。
その瞬間、足元から突然青い火柱がゴォッ! と燃え上がった。
「きゃあっ」
『ッ、散れッ!』
「上がれ」
素早く回避し魔法で炎を散らすが、間髪入れずに避けた先で火柱が連続で上がる。
ゴッゴッゴッと繰り返し上がる火柱を飛んで避けていくが、突然火柱がうねりを見せた。
「やぁっ、熱いっ……!」
『!?』
その炎が容赦なく俺の背中──タロー様へ向かっていき、彼女の声が聞こえる。
(熱い? 防壁が、スキルの防壁が効いていない……!?)
『チクショウッ! ッぁぁあッ!』
自分には効いているスキルが彼女を守らないことに気づき、俺は反射的に翼を閉じてタロー様を庇ってしまった。
ジュゥッ、と焦げつくような痛みに「ピィッ!」と悲鳴が漏れる。
防壁で弾いていても灼熱の炎は熱く、身を焼く。金色の羽毛は黒く焼け焦げ、飛んでいた俺は床にうつ伏せに滑り落ちた。
「にゃんにゃんっ!」
「やってくれたな、獣野郎……っ。業火爆裂」
『グッ、烈風乱舞ッ……!』
それでも痛む体で立ち上がり、放たれる青い炎の剛球を風刃の塊で迎撃し、焼け爛れた翼をバッ! と広げタロー様を守る。
けれどタロー様ごと俺を焼こうと眼前に迫る巨大な炎に風がぶつかると、高熱の熱風が広げた翼に襲いかかった。
『防壁強化ッ、魔族でもない小さな子どもを殺そう、っなんて、蛆虫にも劣る下郎が、ッあぁぁッ!』
「なにをそんなに意地を張る……? 俺は子どもを殺そうとなんてしていないさ! あのな、これは子どもの姿をしている供物だと言っているだろうっ?」
ギュッと目を瞑り、耳を劈く轟音と熱風を背中に通さないよう必死に踏ん張った。
俺の翼が焼けただれていく。
火傷が炙られ、炭になった羽が黒い雪のように舞った。
それでも踏ん張る。
傷一つつけない約束を守るために。
だが──前方に居るはずの敵が影武者を作り、背後に迫っていたなんて、気づかなかった。
「お前に恨みはないが、精霊族のルールに従ってもらう。返してもらうぞ」
『────ッ!』
刹那の出来事。
翼が焦げついても傷つけまいと守った存在が、無傷のまま、闇の中に呑み込まれてしまい、声もなく全身が凍りついた。
ともだちにシェアしよう!