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第600話(sideアマダ)
精霊族が阿鼻叫喚の地獄にいるというのに、魔族はみんな笑っている。
だけどジファーがああなっていたことを知らなかった自分には、それを残酷だと責めることができなかった。
アマダが目の前にいるのに、魔王はシャルを見ていたのか。
ギュッと剣を握っていないほうの手で胸元を握り、唇を噛み締めた。
ライゼンは「軍の指揮は任せてください」と手を振ってこの場を離れていく。
残されたのは空に浮かぶ魔王と、空に浮かぶ自分だけ。
「グアォゥッ!!」
ドォンッ! と一の扉の中から伸びた神の腕が空間を叩き、山脈に届くほどの咆哮を上げる。
早く封じなければ、鍵が壊れるだろう。時間がない。
けれど魔王はアマダに向き直り、視線を合わせる。
剣をしまわず、笑ってもいない。
なぜ。
どうして。
めまぐるしく疑問が沸いては消えていく。
なぜ正しい自分は今魔王に剣を向けられていて、間違っているシャルは上空で竜の背に乗っているだけなのに、魔王に愛されているのか。
「……なぜ裏切ったんだ。精霊族は終わりだ。神霊様が鍵を壊せば、自分を封じていた精霊族を根絶やしにする。大切な儀式だから秘匿して、……アゼリディアスを信頼して話したんだぞ」
泣きそうになった。声は震えていたし、胸の内はバレているだろう。
涙を流すことだけは耐えて、無理矢理口元に笑みを浮かべた。
アマダは愛する人の前でだけは、泣けない。
「っ……どうして、俺じゃだめなんだよ……」
ほんの十分ほど前には、アマダはこんな結末を予測していなかった。
自分が選ばれるのではないかという、期待を超えた確信すらあった。
しかしその実、魔王に洗脳なんて効いていない。
直前までアマダを騙し、精霊族を滅ぼしにやってきた。
誰も答えてくれない。誰も教えてくれない。わからない。誰でもいいから誰か教えてくれ。
どれほどそう思っても、誰も〝こうすればいい〟と教えてくれないのだ。
すると魔王は剣を構えたまま、顎に手を当てて神妙に言葉を紡いだ。
「お前じゃダメなんじゃねぇよ。俺は、シャルじゃねぇとダメなんだ」
「っ……」
「そもそもお前は俺に好きだと言ってねぇ。セファーのまた聞きだぜ。離れていても息ができてるんだ。それから、お前は俺の前では泣けないんだろ? でもシャルは、俺の前でしか声をあげて泣けねぇんだ」
「そ、んなのっ……慰めが欲しいだけなんじゃないかっ」
「アマダ。俺がわからねぇなら、俺を愛することにお前、向いてねぇよ」
ヒク、と喉が一瞬痙攣する。
突き放すでも受け入れるでもなんでもない言い方だが、ゆっくりと断言された魔王の言葉は、これ以上ないくらい残酷なフリ方だった。
愛する人を愛することに自分が向いていない、なんて。そんなはずはないのに。
「シャルは俺がいないと声をあげて泣けない。それは、あいつの泣き声を俺だけが知っているということ。──俺がいないと、あいつはもう来世まで泣けないんだぜ」
「あ……」
けれどそう語る魔王は、これ以上ないくらい甘く、シャルを愛おしいと、慈しみたいと声やしぐさの全てでアマダに伝える。
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