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第601話(sideアマダ)
言葉に詰まるアマダを、魔王はやはり敵意のない視線で貫く。
剣を向けているのに襲い掛かってこない。敵意もない。
魔界軍は、魔王は、どうしたいのか。なにが目的なのか。なにを気づかせたいのか。
アマダには自分が今なにをさせられているのか、わからない。
「涙は喜怒哀楽の全てで流れるものだ。……お前、泣き声を捧げられたことはあるのか?」
「いや、でも……そう言うなら、俺はそうする。俺もお前に……っ」
「くくく。俺に捧げても、お前は俺以外の前で泣けるだろうよ。それは幸せなことだ。そのままでいい。あの時も、お前はそうだった」
魔王は喉を鳴らし、アマダが恋をした出来事を思い出す。
覚えていてくれたのかと嬉しくなり表情を明るくして、そこかしこから聞こえる戦闘の音をシャットアウトした。
「俺にも恩人がいる。俺程度の受け売りの言葉が響いたなら、お前が俺に恋をしたってのもわからなくもねぇ」
「っなら! 俺でいいだろ……ッ!」
アマダとの思い出を思い返す魔王は、アマダの恋心を認め、頷く。
ならば、と思った。
アマダは食い気味に前に出て、心の赴くままに叫ぶ。
止められない。もう誤魔化しは効かない。
無意識に人に好かれる選択肢を無差別な人々に向けていた自分が、はがれていく。
そうだ。そうなのだ。
アマダはちゃんと魔王に恋をした。
運命的な夢を見て打算や下心の気持ちなんかじゃ、ない。
それがわかるというなら、受け入れてくれなければおかしい。
シャルのために、魔王の幸せを想って身を引く。──なんてこと、耐えられないし有り得ない結末。
思っていただけで、その結末に納得するわけがない。
地位も能力も容姿も納得できない相手に、片想いの先を奪われたと言うならば。
「俺の──俺の五年は、どうなるんだ!? 精霊王なんてなりたくもない椅子に座っちまった! 酷いのはシャルだって、もっとわかってくれよ……! シャルは俺の気持ちなんて知らずに、俺を叱るッ! 離れにあいさつに行って俺がアゼリディアスを解放してくれと言った時、〝俺とアゼルは不幸のどん底でも幸福だ〟って言ったんだッ!」
アマダは叫ぶ。
やっと剥がれた不出来な仮面だ。
だが隠した本心がなんであれ、アマダのこれは誰もが被る仮面なのだ。
泣きながら笑ったあの時。
本当は怒鳴り散らしていいから俺に譲れ、と殴りかかりそうだった。
それほど、羨ましくて、憎らしかったからだ。
誰にでも愛されるやつなんて嫌いだ。
自分は確かに今まで好きだと言ってくれる人が多かったが、本物な気なんてどれもしなかった。
なのにシャルは本気で好かれている。羨ましい。妬ましい。理由がわからない。
誰にでもいいことしか言わない偽善者の人間が、なんで好かれる? 愛される?
どうして自分じゃだめなんだ? わからない。
羨ましい。嫉妬だ。
自分だって辛い時にちゃんと笑ってる。分け隔てなく優しくしている。
笑いかけて、調子もよく、気さくに生きている。一緒じゃないか。一人だけ選ばれたシャルなんて、大嫌いだ。
「俺なら最期まで一緒にいられる! 俺なら守られなくても一人で戦える! 俺なら王の苦しみもわかる! お前のために王になったんだ! シャルはなにもできない! なにも遺せない、絶対俺のほうが〝イイ選択肢〟だ……ッ! ──だから俺のほうがお前に相応しいッ!」
気が付いたらボロボロと涙を流しながら、アマダは全てを語り、アゼルを睨んでいた。
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