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第603話(sideアマダ)
魔王の前では泣けないはずの自分の頬を、ポロポロと大粒の涙が濡らしていく。
気づいてしまった。わかってしまった。
人を羨んでばかりだったから、ずっと気が付かなかったことを。
「そうか……わかった……そうなのか……」
涙するアマダの手からレイピアが消える。
俯いて逸らした目を、あの時とおなじように顔を上げて、もう一度魔王の瞳と合わせた。
自分を見つめる今日の魔王の瞳は、とびきり美しい。
「お前にも、セファーにも、ジファーにも、そして……シャルにも。俺はずっと……──愛されていたんだ」
愛情のカタチに決まりなんてなかった。
自分勝手に大切な妃を貶す押しつけがましいアマダを諭す魔王の友愛も。
自分以外を愛しているアマダの恋を手助けする双子の恋愛も。
妬みを嫌悪に変えて八つ当たりをしたアマダを好きだと言って叱ったシャルの親愛も。
王座に座った四角でも、生まれついた三角でも、どうしたってああはなれない丸でも、どれも正解で、どれも愛情。
流れる水のようにゆらゆらとカタチがなかったのは、誰も愛していなかった、誰も見ていなかった自分だけ。
愛情に正論なんてない。
唯一全てに共通することは、〝愛する〟ということだけ。
──愛する者そのものが、正論なのだ。
「アゼリディアス、俺は、俺はどの愛情にもなにも返していない。なのにシャルへの嫌がらせ、無視した……妬ましかったから……儀式のためにお前たちに愛されていたジズを取り返して、供物に……っお前は、俺にこのままじゃいけないことをわからせるためにっ」
「フンッ、そういうことをいちいち言うんじゃねぇ。まぁ、愛する結果それが返ってこないかもしれないことに怯える気持ちは、わかる。俺だってそうだった。でも……動かないと、何十年だろうが、変わらない」
「こ、こわい」
「でも、やるんだ。自分から踏み出せ」
ようやく魔王がこんなにも時間をかけて回りくどい行動を取ってやりたかったことがわかり、アマダは泣きながら無自覚の愛されたがりを自覚した。
自覚したせいで芽生えた自己嫌悪に震えると、魔王はあっけらかんと鼻を鳴らして、指摘されたのが恥ずかしいのかそっぽを向く。
けれどアマダが怖いと言うと、再度強い語気で背中を押し、踵を反した。
「俺が愛した結果が、シャルだ。シャルが俺を愛した結果変わった俺が取る行動が──俺がお前の愛情に返せる、たった一つの愛情だ」
「え……?」
ブンッ、と剣を振る。
黒衣の背中越しにこちらを見た魔王は、勝気に口角を上げて笑っていた。
「愛情信者な魔王流のカタの付け方を、キッチリ教えてやる」
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