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第604話(no side)

 ──この日の出来事は、精霊族の歴史に残る歴史的事象となった。  魔族の軍が精霊族を傷つけずに制圧し、強引に退避させたことで、ゆるんだ鍵を壊して降臨しようとする神霊の被害を受けずに済む。  荒れた広場で全ての根源である神霊を前に、たった一人で魔王──アゼルが立ちはだかり、剣を構えた。  上空を飛行するガドの背に乗るタローから鍵を受け取り、話が終わったことを察したグロッキー状態のシャルが、地面へ飛び下りる。  レンガ張りの広場に打ち付けられるかと思ったが、コウモリの大群がシャルを捕まえ、衝撃を緩和しながら着地させた。  そのシャルに向かって、ユリスが背負っていた魔導具を投げる。  それは柄に鍵穴のついた剣だ。  刃が透明な結晶だが、日本刀に似ている。  剣を受け取ったシャルが魔法陣を空に散らして駆けながら鍵を差し込むと、刃が粒子を纏って光った。  トン、と空を駆けてアゼルの隣に降り立ったシャルが、危機感なく日常的な動作でアゼルの肩に自分の肩を軽く当てる。 「ええと……お目付け役、参上。俺がいたら、無茶しないだろう? 俺がサポートするから、一緒に戦おう。夫夫というのは、なんでも分担するんだ。愛しているからな」 「くっ……! くそ、これだからシャルはシャルなんだ……! 今から神霊退治だってのに、直帰して三日三晩補給したくなるだろうがッ。割と今すぐ帰りたい。もう帰る」 「特に特別なことは言っていないが……後でな。アゼル、今回は一番一人で頑張っていたのに、一番一人じゃないみたいだった」 「当たり前だろ。俺はもう、一人じゃない」  オオオン、とおぞましい声を上げて腕を伸ばし、黒々とした触手を乱舞させる神霊を前に、二人はリラックスした様子で剣を構えた。  ──初めて二人が出会った時、お互いの剣はお互いを指していた。  シャルはこの世界に来た時、ひとりっきりだった。  アゼルはこの世界に生まれた時、ひとりっきりだった。  ひとりっきりが愛し合うことでふたりっきりになり、もう一人のひとりっきりを抱いて、家族になった。  引き剥がされるたびに強固になる二人の絆を、支える家族がいた。  それら全ては、二人が愛し合うことで生まれた絆だ。出会いだ。運命だ。必然だ。常識的不変の結末だ。  ひとりより、ふたりのほうが、愛おしい。 「生贄も儀式も選べないなら、アマダや精霊族は俺や魔族に〝一緒に戦ってくれ〟って言えばよかったんだ」 「そう。千年に一度タローを殺すより、千年に一度、歴代総じて最強無敵の魔王様に頼ればよかったんだな」 「頼ることは、かんたん(・・・・)だぜ」 「うん。頼ることは、かんたん(・・・・)なことだぞ」  それを知ったひとりぼっち連合軍の二人は、笑って同時に神霊の禍々しい腕を押し返すべく、駆け出す。  頼ることが誰よりも下手くそな二人なのに、愛して、愛されることで、それをかんたんだと笑顔で言うことができる。  愛してばかりじゃ、枯れてしまうから。  愛されるばかりじゃ、腐ってしまうから。  愛し合うことが、彼らの正解。 「そういえば……二人で戦うのは初めてだ。初めての共同作業というものじゃないか?」 「!? け、結婚式のラブラブなアレかッ!? ラブラブなやつかッ!?」 「あれだと思、ハッ! 違う、ケーキ入刀じゃなくて、神霊入刀している……!」 「馬鹿野郎ッ! ケーキだ! ケーキはどこにありやがるッ! ラブラブ入刀させやがれッ!」 「よしきた、後でな」  剣を振り回して魔法を連発し魔法陣を飛ばしながら真剣にイチャつく二人を見て、ライゼンが呆れた笑みを浮かべた。  セファーを抑えるリューオでさえ、胡乱げに睨み、やれやれとため息を吐く。  誰も咎めないし止めず、ただ見守る。  いつも通りの二人。  どこだろうとも、二人並べばあぁなるのが常なのだ。慣れている。  慣れている──日常の幸福。  そしてそれを晴れやかな笑顔で、呆れ気味に見つめる人もいる。 「ハハ。あんなに激しい戦いなのに、楽しそうだな……。……一途に相手だけをお互いが愛し合った結果、か……」  恩人に撒かれた種を育てたアゼルと、抱えたアマダの心が、ようやく本当の意味で重なった今日。  夜の闇の中でシャルが振るう剣から舞う霊力の粒子と、アゼルの振るう剣から舞う闇の魔力が、星空のコントラストを描く。  羨ましいを嫉妬ではなく、あぁなりたいの目標へ、アマダは目を細めて笑った。  ──シャルとアゼルが揃えば、いつもいつでも向かうところ敵なし。  どんな時でも笑ってハッピーエンド。  最強無敵のおしどり夫夫。  生贄を捧げる精霊族の儀式が、神霊と戦う儀式に変わった歴史的瞬間の日も──彼らにとっては、ただの日常の一幕なのだ。  ならば正論論破愛情論とは、生涯をかけて愛を証明する、とある二人の物語。  彼らが論じた、愛の言葉の全てである。  十五皿目 完食

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