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第606話
スッと手を差し出す。
その手は取られ、柔らかく握られる。仲直りの握手だ。
アマダは一つに括った黒い艶やかな髪を揺らし、しっかりと俺の目を見る。
人懐っこくて綺麗な笑顔。
俺に好かれたいという感情で笑うのではなく、心で浮かべた笑顔だ。
それほど声をあげて笑わない俺たちの笑い方は、こうして見つめ合うとよく似ているかもしれない。
似ていても、アゼルが選んだのは俺だった。
「シャル。俺はお前が嫌いだぜ」
「ふふふ、知っている。俺はお前が好きだぞ」
「あはは、知ってる。そういうところが妬ましくて羨ましくて憎らしくて、……憧れた」
握った手の力が強くなる。
憧れるだなんて、言われたのは初めてだと思う。こんな気分なのか。
アマダは俺が返事を返す前に手を離し、フワリと足元を水に変えて宙に浮かぶ。
「俺の憧れだよ、シャル。いつか俺もお前のように自分の善を押し通し、愛する人たちを愛し抜く。そんな優しいカタチになって見せるんだ」
「俺はそんなに立派ではないただのエゴイストだが、精霊王様にそう言ってもらえるなんて、光栄だな。俺も羨ましいぞ。そうしてフワフワ空を散歩してみたい」
「あははっ! 変なやつ。精霊族なら誰だって空を漂えるのに、こんなことが羨ましいのか? うふふ、あははっ」
「? うお、っ」
俺の周りを漂うアマダを目で追いかけながら飛びたいと言うと、急に手を取られて体がフワリと浮き上がった。
どういう仕組みかわからず狼狽したが、足の下に水の塊があることに気がつく。
なるほど。俺を引っ張りながら持ち上げているようだ。
アマダに手を引かれ、高く飛ぶわけじゃないが宙を漂う。
羨ましいと言ったことを叶えてくれたアマダに「ありがとう」と笑いかけた。楽しげな笑顔が返ってくる。
こういうお茶目なところ、ガルに似ているな。やっぱり兄弟だ。ガルがアマダを嫌っているなんてこと、絶対ない。
今のアマダならそれにもすぐに気がついてくれるだろう。
「アマダ、また魔王城に遊びに来てくれ。俺もアゼルも、いつでも歓迎する」
「そんなこと言っていいのか? 俺がシャルを見習って素直になることを極めたら、アゼリディアスだって俺を選ぶかもしれないぞ? あれだけ見せつけられても、まだあわよくばくらいは狙ってるんだからな」
「んん、残念ながら愚問だぞ。アゼルは俺じゃないとダメなんだ」
「うへぇ、ドヤ顔」
困り顔で指摘されるが、俺はふふんと胸を張った。
本当のことだからな。
アゼルが俺じゃないとダメで、アマダが今後どれだけ俺を見本に頑張っても、俺にはなれない。これは事実。
「俺の作り方を教えようか?」
「うん?」
「俺は、アゼルに愛されて今の俺になったんだ。だから、絶対にアゼルを奪うことはできないとも。いつでもかかっておいで」
挑発的な言葉とは裏腹に朗らかに笑いかける。
するとアマダは少し驚いて、それから呆れたような笑顔でトン、と俺の胸を指先でつついた。
「そんな言葉すら、アゼリディアスの言葉とおそろいなんだなぁ」
後話 了
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