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2:落ちない涙
少ししか残されていない湯をかぶりながら、イリは自分の血を洗い流していた。
湯をかける度に、血を流す傷は痛むが気にしてはいられない。キレイに血を洗い流さなければ、数少ない着物を汚してしまうのだ。
Ω専門の遊郭で働くイリは、遊女の位の中でも1番下の“下っ端”として働いている。だから、店から支給される着物も少ないのだ。イリの場合、同じ下っ端で働いている遊女よりさらに支給される着物は少ないのだ。
そんな数少ない着物を、自分の汚れた血で汚すわけにはいかない。
「………イリ。大丈夫?」
イリが血を洗い流していると、恐る恐ると言うように1人の男が声をかけてきた。この店で唯一イリを心配するβのライタだ。
店に来るαからも、同僚であるΩからも、店で働くβからも蔑ろにされていた。
しかし、同じβなのにライタだけはいつもイリを気にしてくれていた。誰も見ていない時だけだったが。それでも、イリにとってライタの存在は希望だった。
《だいじょうぶ》
ライタだけにしか通じない手の言葉で、イリは大丈夫とライタに答えた。傷は痛むし辛く苦しいが、ライタにこれ以上心配をかけるわけにはいかない。
「一応、傷薬は持ってきたけど。あんまり持ってこれなかった」
《それぐらいでじゅうぶんだよ。らいた、ありがとう》
「うん、」
ライタが浴室に入り、イリに傷薬を渡していた時だ。外から誰かの足音が聞こえてきた。
《らいた、はやくもどって。ばれるまえに》
「うん。ごめんね、イリ。こんなことしか出来なくて、」
《ううん。ありがとう、らいた》
ライタが自分と仲良くしていることがバレる前に、浴室から追い出した。そしてそれほど時間が経たずに、浴室にある人物が現れた。
この店で、1番高い地位にいる遊女だ。
「あんた、まだここで働いてるんだ。まぁ、あんたみたいなΩが、一生身請けされるわけがないんだけどさ」
そう言ってΩは、面白そうに笑っていた。自分が今度、この国を治める鳥の獣人に身請けされると決まっているからだ。だからこそ、身請けされる訳のないイリをバカにして楽しんでいるのだ。
「本当、可哀想なΩだね。αに大切にされない、憐れでバカなΩ」
こんなことを言われて泣きたいはずなのに。イリの瞳からは、何もこぼれることはなかった。
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