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7:身請け
「ターリャ様!」
イリ達が外に出ると、馬車の側で待っていた小柄の狼の獣人が駆け寄ってきた。
「待たせたな、ヒトラ。宿に戻らず、このまま国に帰るぞ」
イリを抱き上げた狼の獣人―ターリャ―は、それだけ言うと馬車に乗り込もうとした。何か言いたそうに出迎えた狼の獣人―ヒトラ―だが、ターリャの言葉に逆らうわけもなく。当たり前のように、馬車のドアを開けた。
しかし、馬車に乗り込もうとしたターリャを店の楼主が引き止める。
「お待ちください、狼の獣人様!」
「……何だ」
引き止めてきた楼主を、ターリャはギロりと睨んだ。一瞬その睨みに楼主はひるんだが、すぐにニタリと汚い笑みを浮かべた。
「その汚いΩは、この店の商品です。勝手に連れていくことは、例え狼の獣人様でも出来ません」
「………………」
「まぁ、金貨を100枚払ってくださるのであれば、その使えないβごと貴方様にΩを差し上げますよ」
金貨100枚など、αの獣人でも簡単に準備を出来ないだろうという考えから楼主の口から出た言葉だ。楼主も、本心をいえばイリのようなΩなどどうでもいいのだ。
しかし、イリは自分達のストレス発散の道具でもある。その道具を失うのは、少しおしいと考えたのだ。
金貨100枚。払えないなら、そのΩを返せ。
イリ達を見る楼主の瞳は、そう言っているようだった。
イリはターリャの腕の中で、そんな楼主の姿を見ていた。そして思う。あぁ、やっぱりこれは夢なのだと。
自分は絶対に、この店から逃げることは許されない。暴力を受け入れるしか、自分の生きる道はない。
もう少しだけ、このぬくもりを感じていたかった。でも、もう終わりだ。
迷惑をかけないうちに、ターリャの腕の中からイリが抜けようとした時だ。
「ヒトラ。今すぐこの男に、金貨100枚をやれ。今すぐにだ」
「かしこまりました」
ターリャに命じられたヒトラは、馬車の荷台から大きめの箱を取り出した。そしてその箱を、迷うことなく楼主に渡す。
「中身をご確認くださいませ。金貨、100枚入っております」
ヒトラの言葉に慌てた楼主は、すぐにその箱を開けた。箱の中は、金色に輝いていて。その後継に興奮した楼主は、恍惚の表情で金貨の枚数を数えていた。
「っ、たしかに、100枚ある………っ!!」
「これで、このΩとβを連れていってもいいな」
「や、約束ですから、」
そして、今度こそターリャは馬車に乗り込んだ。
「これでもう大丈夫だ。これから行く場所は、お前をΩだからと見下す者はいない」
“大丈夫だ”
ターリャのこの言葉に、イリは目の前の存在にしがみついて泣いた。
これは夢じゃなくて現実なんだと。
目の前にいるターリャのぬくもりが、イリにそう教えてくれた。
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