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32 DAYS

「ぁーう?」 「違う。なんだその巫山戯た名前は! ら、ん。ラン様だ」 「……う〜。……らー、ぅ?」 「ら、ん」 「らぁ、んぅ」 「まあいいだろう」 「らー、ぅー!」 「……なぜまた間違えるんだ」  俺の膝上に乗り、対面しているウェルがぴょこぴょこと耳を震わせて首を傾げる。  おそらく、12歳前後であろうウェルは長いあいだ言葉を話さないできたせいで上手く喋ることができない。  こればかりは何度も練習して慣らしていくしかなだろう。  しかし何故俺が教えているのかといえば、先日シュアの計画通りにウェルを会議に連れていったところ、思う以上に反響があったからだ。  良心のある貴族から賞賛をおくられた手前、中途半端に放り投げることは得策ではない。  でなければ態々子供の相手などするわけが無いのに、シュアはこちらを見て腹の立つ笑みを浮かべていた。  あいつは暫く減給だな。 「らーんー?」 「なんだ?」  ウェルが俺の服を掴み引っ張る。  視線を向けると、手に持った飴玉を開けろと突き出してきた。 「これは飴だ」 「ぅ、うー!」  飴玉を取り出してやりながら、名前を教える。  だが単語ならまだしも、文章になると途端に分からなくなるらしい。  ウェルは分からないというように、むうっと唇を突き出して首を振った。  大きなふわふわの尻尾がふわりふわりと緩やかに揺れている。 「あめ」 「あぇ?」 「あ、め」 「ぁ……め」 「ん。上手くなったな」 「ふぁぁあ」  たった二文字ではあるが上出来である。  ウェルの頭を撫でてやる。  ついでだ。小さな丸い耳を揉み込むように撫で回してやった。  俺の狼の耳とは違い、狸特有の柔らかく肉厚な耳は触り心地がいい。  一方、ウェルは理解不能な声を上げると、俺の肩に顔を埋めてグリグリと押し付けていた。 「早く言葉を覚えろ。このままではろくに会話も出来んからな」 「……ぅ、ぇる」 「なんだ?」  顔を埋めた状態から目だけを上げて、ウェルが名前を言う。 「うぇ、る。しゅ……ぃ」 「は?」 「んぅ〜、し、す? す、い? す、き!」 「……好き?」 「!」  たどたどしくも零れた二文字。  まさかと思い口にすると、ウェルは碧翠の瞳を大きく輝かせ、丸い頬を赤く染めてこくこくと頷いた。 「……餓鬼に好かれても嬉しくなどない」 「らぁん。しゅー、きっ」  その日から、ウェルは何かと俺を見ては「好き」と口にするようになる。  普段は仏頂面のウェルが照れたように口にする姿を見ると、もぞもぞと背中が痒くなってしまうのは致し方ないことである。

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