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レノ
「今日でここともしばしの別れか……」
ディエゴは台所で二人分の肉を焼きながらぽつりと呟く。
「ディエゴさん、しばし……って、またここに戻られるんです?」
「いや、母ちゃんの具合次第だな。もう歳だし、のんびり介護してやんのも親孝行だろ。きっともう俺はここで……引退かな」
皿に程よく焼けた肉とマッシュした芋を雑に盛り付け、ディエゴはミケルに先ほど買ってきたパンを出すように言う。テーブルにそれらを並べると、ディエゴはふらりと外に出て小振りなオレンジを収穫してきた。
「ちっちぇえけど甘くて旨いんだ」
器用にオレンジを剥き、二人でテーブルに着き食事を始める。
ディエゴもミケルの年頃の時にこの屋敷の庭師として働き始めたことを懐かしみながら振り返った。ディエゴは亡くなったという先代ととても仲が良かったらしく、良くしてもらった恩義もあり、ここで一人残りずっと庭の管理をしていたことを楽しそうに語った。
「最後にお前さんみたいなのと話せて嬉しかったよ」
ここ数年は一人きりだったディエゴ。ここで過ごした果てしなく長い時間を思うと、ただ単に「お疲れ様でした」と言うのも失礼な気がして、ミケルはうまく言葉が見つからなかった。
ふと室内に冷たい風が入り、ドアの方を見ると一人の男が立っていた。背格好はミケルと同じくらい。肩に触れそうなブロンズ色の長い髪が風に触れ、小さく揺れる。誰だ? と思うと同時に、今まで感じたことのない僅かな悪寒のようなものを感じ、ミケルは思わず警戒した。
「レノ様! どうされた? こんな時間に! お寒いから早くこちらに……」
ディエゴに「レノ様」と呼ばれた男はミケルのことをチラッと一瞥すると「うん、寒かった」と言いながら笑顔を見せ室内に入ってきた。レノはディエゴからスープを受け取ると、無遠慮にドスンと椅子に腰かけた。
「ジイさん今日までなんだろ? お袋さんが具合悪くしたって聞いたよ? 大丈夫なのか?」
「ああ……そんなお気遣いを。ありがとうございます。大したことはねえんで大丈夫です。それにしてもお久しぶりでございますね」
先程ディエゴは、レノはこの屋敷に来たばかりの頃はよくこの庭園に遊びにきていたと懐かしそうに言っていた。
「やっぱりジイさんのこのスープは美味いわ。いつもと違った匂いもプラスされて格段に美味しい……」
「はは、レノ様は何だって美味いと言ってくださるから有り難い。エイデン様はお元気で?」
レノはひと口 スープを啜ると「兄様 も元気だよ。よろしく言ってた」と言って笑った。
兄であるエイデンも、目のことがあってからはここに来ることはなくなったものの、幼い頃にはよく遊んでやったんだと嬉しそうに言っていた。
そんな自分の「子」のように思い慈しんできた子息が、最後の別れにわざわざ顔を出してくれたことが余程嬉しかったのか、ディエゴは涙を浮かべて今までの感謝の言葉をレノに伝えた。
ミケルは二人が懐かしそうに笑顔で過去の話をしているのを、ぼんやりと聞く。
何故だか目の前でディエゴと親しげに話すレノが怖く感じてしまい直視することができないでいた。自分と然程年も違わず、寧ろ幼さすら見えるレノに恐怖心を抱く理由がわからない。嬉しそうなディエゴには悪いが、内心早くここから出て行ってくれと思いながら、ミケルは自分の食べ終えた食器を片付けた。
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